• コラム No. 62

    叱る 最近子育てについて再び考え始めている。電車の中での「事件」が発端だった。 その親子は、一目見たときから、何か違和感を感じた。昔はシルバーシートと呼ばれていた端っこの一角に、母親二人と子供三人の恐らくは二家族が陣取っていた。電車はガラガラの状態で、別にその時点では迷惑でもなんでもない。少し声が大きいと感じる程度で、普通の親子連れだったけれど、ただ何となく、離れていた方がいいな、と直感した。 電車が動き始めて、直感が当たった。子供が走行中の電車の中を行ったり来たり走り出した。一両分丸々何度も何度も往復する。通る度に、まばらに座っている乗客が足をどける。幼稚園生の男の子。真っ直ぐにも走れない。本人に迷惑をかけているのが分かる年齢ではない。 近くの老夫婦が見かねて、声をかけた。危ないから走らないで。口調も厳しくない、おばあちゃんが優しく孫に声をかける感じ。子供は少しシュンとして席に戻る。途端に驚くべき反応が返って来た。「子供が走りたいんだから、いいだろう!」、とお母さんらしい女性の怒鳴り声。周りの誰もがギョッとした。 走行中の電車の中を幼稚園生が走り回っているのを見て、注意しない方がおかしい。声をかけなかった自分を私は少し恥じていた位だったが、そのお母さんは、自分の子供の自由が一番大事だと叫んでいた。 あろうことか、「子供が喜んで走るのは、当たり前だろうが! バ~カ!」と老婦人に向かって悪態をつく。30台半ばの女性が老婦人に、これほど直接的に喧嘩を売っているのは初めて見た。目と耳を疑う。「バ~カ!」と、間をおいて暫く叫び続ける。その声が人もまばらな電車の中に響いている。誰が馬鹿であるのか分かっていないのは本人だけだ。 その場のウケだけを至上とするTV番組を思い出す。相手の年齢も品格も関係ない、ただこきおろす口調だけを楽しむ番組を何度か見たことがある。声が大きいだけでその場を制圧しているような雰囲気もあった。その瞬間は面白いと感じなくもないが、嫌な後味が残るものだった。言っている内容の正しさを吟味する間もなく、ただウケさえすれば良い台詞。 叫び続ける母親のそばで、その友人らしい女性が少し苦笑しながら見ている。さも自分達が正しく、ふざけたことを言う「老害」に制裁を加えているようなニヒルな笑い。こちらには、制しないこと自体が不思議に映る。 誰がどう見ても老婦人の方が正論である。子供が倒れて怪我をした時、その母親は律しなかったことを悔いないだろうか。すりむいた程度なら笑って済ませることもできるだろうが、走行中の電車内である。本人は幼稚園生の筋力しかない。本人が望むことがベストではあり得ないし、自己責任を問える年齢でもない。その子は、まだまだ沢山の大人たちの助言や叱責の中で学ぶべき年齢だ。 子供が育っていくには、最早一家族だけで踏ん張ってもどうしようもできないところまで来ている。何を薦めるにも禁じるにも、親の影響力は、子供の成長と共に限りなく小さくなる。「いい子」を育てるには、皆で育てるしか手はないと思わされる。けれど、そんな意識が親側に育っていない。 まさに不適切な言葉を叫び続けるその母親を見ながら、その男の子が可哀想でならなかった。一見、子供を守っているかのように見えるけれど、全然その子のためにはなっていない。あの子は、ああした言葉を聴きながら育っていく。 ■ 「子供本人が望むこと」という言葉が独り歩きしている。私が子供の時、私が何を思うかが大切にされていた様には思わない。大人がどう育てるかがメインであり、子供であった私には大きな大きな障害ではあったが、何かしらのモラルを共有しつつ育てられた感覚が存在した。今は大人側のモラルも低くなっているが、子供に対する意識も変わってしまった。自分のことなんだから、自分のベストは本人が知っている、それを尊重しようとする考え方。自分のことを自分が一番分かっていたら、今の社会の歪はこんなにも大きくなってはいない。 子供たちは明らかに叱られていない。叱られることに慣れていない。息子や娘の友達が我家に来たり、電話をかけて来るたびに驚かされる。全然、大人と話をするという意識が欠けている。最初から「タメグチ」なのから、挨拶をしないのから、我家に遊びに来て私と目が合っても姿勢も正さずソファーに寝そべっている者まで。電話でも、私が取って「ミツイデス」というと、「ヤマダタロウデス」と名乗るだけで、後は「良きにはからえ」と言わんばかりに待っていたりする。大人に対応を考えさせる。歪んだ守られ方をしてきた結果だ。 子供とはいえ、厳しく接するには勇気が要る。自分の子供には怒鳴りつけられるが、その友人にそうできるようになったのは息子が小三あたりの時か。挨拶しない子には、挨拶するまで目を睨みつけて「コンニチハ」と私から言う。電話で名乗るしか能のない子には、「ミツイデスガ?」と繰り返す。息子を呼んで欲しいのなら、そう頼めと言葉に出さずに威圧する。正しく反応するまで繰り返す。すっかり嫌なオヤジである。今ではキチンと嫌われて、私が近づくと姿勢を正す。高校生になる前に煙たがられて良かった。 ■ おかしくなっているのは、子供たちや親だけでもない。新人たちとも話が合わない。全然緊張感なく新技術を学べるとタカをくくってやって来る新人達の多いこと。ネットで数文字タイプして submit するだけで分かることを、教えてくれとやってくる。教えてもらえて当たり前と信じている。私は新人です、守られて当たり前です、と顔に書いてある。 私はできた新人ではなかったが、配属当時会議のたびに知らない言葉を、一生懸命こっそりとメモしたものだ。会議が終わるたびに図書室で恥ずかしさを隠しながら調べものをした。そして次回にもっと多くの宿題を抱えて図書室に向かった。GoogleもYahoo!もボランティアの辞書作成者もいなかった時代だ。それしかなかったし、それが少しずつ力になってくれた。 新人だけでもない。上級のエンジニアと呼ばれる人達とも感覚が合わない。クライアントの前で、後ろから刺してくるように、ここの色を変えましょうよ、補色って何だっけとか平気で口にする。こっちとあっちの配置を交換すれば綺麗ですよ。ここの透明度を下げましょうよ、かっこよくなりますよ。デザイン書を生涯開いたこともない御仁がのたまっている。聞いていて、空いた口が塞がらない。語る内容の一貫性のなさが、ド素人であることを露呈している。 クライアントの前でDB設計の話をしている時に、SQLって何ですかとか常識を知らないことを明示したりはしないし、浅はかな知識でヤブヘビな事態を招くような言葉も可能な限り避けるのが常だ。しかし、エンジニアがデザインの領域に踏み込んでくる時の姿勢は、多くが何の緊張感もない。驚くべきことを、驚くべきタイミングでやってのけてくれる。 自分の知らないものに畏敬の念を覚えない者は、無防備でそのフィールドに入ってきて、無神経な言葉を吐く。それがどんなに場違いなものかは、その道に生きている者にしか見えない。本人は気が付けない。新参者が新しい何かを手に入れるのは、周りの雰囲気を見て反省し学ぶか、叱責されてその身に刻みつけるかしかないように思う。厳しい言葉もない、誰かが優しく教えてくれる環境を望んでも駄目だ。そして、こういった話には、年齢は関係ない。相手が幼稚園生だろうが、エンジニアだろうが、高級官僚だろうが、通る道は同じだ。 ■ Web屋に求められる資質を問われると、「好奇心」という答えがよく返って来る。広辞苑に依ると好奇心とは「未知の事柄に対する興味」とある。Web屋には、興味だけでなく姿勢も求められている。未知の事柄に対する姿勢。知らないことを知ることの喜びが、知っていることの多さを誇っている状態よりも大きい事を知って行動できること。その意味では、知っていることが如何に少ないかを知っているかが好奇心の強さを示すものと言っても良い。 そして、勿論現実は違う。知っていることが如何に少ないかを知っている者は、往々にして博学だ。よくそんなことを知っているなと感心する。何にでも興味を示しアンテナを張って生きてきた結果が「実」となってそこにある。 好奇心旺盛な者達が集う場で、プロジェクトを進めると、そこは必然的に学び舎になる。様々なアンテナが張り巡らされた場で様々な視点と分析とが行きかう。一つのプロジェクトが終わるとき、多くのメンバが必ず多くのそれまで未知の知識を吸収している。その知ること自体を喜べる者たちばかりである。活気に満ち溢れない訳がない。 大手のシステムインテグレータがWebデザイン誌で取上げられないのは、この雰囲気の温度差が原因かもしれない。DBは知らないことがない、という高みの立場から進めるプロジェクトと、人間って面白いよねと小さなことにも感動して学び進むプロジェクト。そもそも向いている方向が異なっている。でも、これから必要とされるWebプロジェクトは両面を兼ね備えたものだ。それがユーザビリティの先にあるものだと読んでいる。 ■ 子供の躾から、新人やエンジニアに至るまで、全ての原因を「過保護」のような言葉に押し付けたくはないし、原因探しにも実はあまり関心はない。今どうすれば良いかに興味がある。どうすれば、好奇心が増幅できるのか。対象は、自分を含めたできる限り多くの人達。答えは「教育」にあるはずだ。 子供が「やりたい事だけ」や「やれる事だけ」をやらせるのではない。子供が「吸収できそうな事柄」もやらせてみるのを教育と呼ぶ気がしている。そして、その方法は甘い道だけじゃない。叱ったり嫌われたりする道も通る。そして、その教えるという行為自体も、親から子への一方向ではない。双方向に互いに学びあう。登場人物と学ぶべき対象によって、その場を「家庭」と呼んだり、「職場」と呼んだりする。 子供に色々と教えつつ。自分の無知さも自覚する。息子に何かを教えながら、横で広辞苑を引いたりする。父親が調べ物をするのを、息子は興味深く見つめる。職場でも、知らない言葉メモは実は今でも続けている。知らないことに出会わない日がない。何かを教える立場に立つことも増えたけれど、それは自分が知りたいから。矛盾めいているけれど、一番効率の良い学習方法は教えることだから(by ワインバーグ)。 学校でも優等生で来たわけでもない、勉強が好きなタイプでもない。そんな私が […]

     
  • コラム No. 61

    アテネ・オリンピック テレビを殆ど見ない生活をしているのに、「金」獲得のシーンをLiveで何度か見れた。生活が普通じゃない分、時差が大きい方が見れるチャンスが高い。 柔道がこんなにエキサイティングなものとは知らなかった。何処からが「技」かも知らない素人だが、アナウンサーの絶叫を聞きながら、足を抜いたら技がかかったことになるんだぁとか呟きながら凝視する。ルールを学びながら、応援する。体が激しく浮き沈みすると、息を呑み、こらえるべき所は思わず声が出る。 誰が「金」をとってもおかしくないような猛者が集う場で、日頃の練習の成果を出し尽くす。常人にはできないことなのだろう。そうした猛者たちが、汗を輝かせ、息を弾ませながら、もてる力の限りをふり絞る。開会式の華やかさとは対照的な、大声援の中にありながら、どこか孤独な畳の空間。 Liveで見れて良かったのは、TV局というフィルターが余りかからないモノまで気にできること。勝負時の目の輝きや、呼吸の乱れ、汗の滴る瞬間も、瞬きをする間のことのようなのに目に焼きつく。 一本で投げきったときの、両者の表情。小躍りする者、雄たけびをあげる者、静かにガッツポーズする者。天を仰ぎ静かに目を閉じる瞬間。そして柔道着を整え礼をする。ショックが抜けきれないままの者、悔しさが自分に向かっているのを隠せない者、悔しいはずなのに勝者を称える者。 勝利インタビューの時にも幾つか驚かされる。耳がはれ上がっている。畳にこすり付けられて、内出血どころじゃないのか。それが直りきらないうちに更にこすり付けられているのだろう。腫れ上がり方が幾重にも重なって普通じゃない。でも笑って答えている。汗を拭う指先のテーピーングの量。勝利と引き換えにしてきた代償は、TVの前で唸っている私の知識を越えたものなのだろう。 負けた者たちも少しでもメダルに近いところを目指して歯を食いしばる。3位確定と共に、それまでのムッとした表情が崩れて泣き出す者の多さ。3位になれても、満足できない。それは彼ら彼女らには意味がないかのようだ。世界3位の猛者が泣き崩れる。コーチに抱きついた途端に緊張の糸が切れる。ここまでの数ヶ月間は何だったのか、何故あそこで油断したのか。様々な考えが浮かんでいるのだろうか。悔しさで顔が歪んでいる。 戦歴を聞いていると、どの大会でも上位で出会うのは同じような人達のようだ。どこか戦友のような感覚を持っているのかもしれない。同じ時代に生れたというだけで、数ヶ月単位で行なわれる世界大会で競い合い、数年に一度のオリンピックのような場でも顔を合わせる。 前回の「負け」をバネにして、今度こそという思いで練習を積む。数ヶ月や数年後の1日に自分のピークを合わせるような自己管理。華やかな舞台の裏に幾つもの涙が、にじんで見える。 性分として、負けている方をいつも応援したくなる。頑張っている姿が好きだから。でも柔道には勝っている方も負けている方もなさそうだ。両者が頑張っているのが良い勝負。そんなシーンが自分の仕事の踏ん張りどころにもなっていく。誰かが頑張っている姿は、得がたい栄養補給剤みたいなものだ。 翌日、電車ですれ違う小学校低学年の子までが、「野村」や「谷」と興奮気味に話している。昼休みには近くの公園で親子キャッチボールが増えて見える。子供たちも走り回って見える。いつもより声が響いている。子供たちにも伝わっているよ、と教えてあげたくなる。見知らぬ誰かの笑顔の糧になる、種になる。今日出会った子供たちが、いつか「あのシーン」がキッカケでしたと、五輪の勝者インタビューで答えるかもしれない。 ■ 数回前のオリンピックでは、何だか組み手争いばかりしていて、一向に技が決まらないのに、勝負が付くという印象を持ってしまった。それが柔道着の素材やら審判の動向を前提にした、勝つための戦略が先行したためだと後で知った。幻滅に近い印象を更に深めた。投げるか投げられるか、真っ向勝負の代表のようなスポーツだと単純に思っていた柔道もそういう勝つためのビジネスになったのかとため息が出たことを憶えている。 今回の日本の躍進の分析が新聞に載っていた。チーム重視から個人重視への選手育成の姿勢転換だけでなく、審判側も変わっているのが書かれている。下位戦で「いい判断」をしたものしか、上位戦の畳の上には立てないそうだ。肩書きではない、当日のジャッジの質で決められる。シドニーの「誤審」への反省とある。 このままでは、駄目だ。このままでは視聴者に受け入れられない。そんな危機感が審判とか体制側にあるのが驚きだった。体制とか伝統とかいう言葉に守られている側が、危機感を持つことは稀だと思ってきたから。 「反省」した国際柔道連盟が、審判レベルの向上に力を注いだとある。自らの姿勢を先ず正して、ファンに問う。その結果が私のような柔道音痴でも手に汗握る試合につながっている。礼に始まる格技らしい。そういえば、谷選手は、表彰台に上る前、一人靴を脱いで畳の上に立ったようにも見えた。 皆が熱狂するスポーツ、小さな子供たちさえ名前を口にする「英雄」を生み出す土壌。それでさえ、自分達がどう受け止められているかを真剣に模索しているのだ。いわんや、企業をや、Webサイトをや。 ■ ユーザに受け入れられるものこそが、という方向にWebサイト開発は向いてきている。と、言われて続けている。しかし、現実は少し違う。ユーザが知りたいことを提供する姿勢を貫くのは、まだまだ大変な作業だ。昔ながらの壁が立ちはだかる。本でセオリーが語られるほど、本質は変化していない。 でも、変化が少ないと思っていたことが、変わって行っていることに勇気付けられる。何だか「俺たちももっと先まで行けるぞ」と思えてくる。硬直 し変化しないモノは何ものも先へは続いていかないと希望を持つ。変化を恐れないモノだけが不動の支持を得るのか。 今回の勝者たちの履歴記事も面白い。お山の大将だけで行き着けた人が殆どいない。多くが「もう辞めようと思いました」と過去に岐路を経験している。そんな過去がありながら、「柔道続けていて良かったです」と語る。そんな言葉が耳からしみて来る。辛いことがあっても、あの腫上がった耳やテーピーングを思い出せる。こんなことでへこたれてはいけない。まだやれる、と心のフンバリが少し強くなる。 オリンピックのおかげで睡眠時間は更に短くなった。でも、気力は増している。そんな人が心なし増えている気がする。眠そうなのに気が張っている顔つき。電車に揺られながら、何となく想う。頑張ってる人が美しいのは、それを受け止めた人が反射板になって更に光を増すからかもしれない。 以上。/mitsui

     
  • コラム No. 60

    合評会 大学時代、美術研究会に所属していた。学内では唯一の美術系サークル。いつも授業が終わったら、部室に行き、だべる。油絵を中心にしていたが、年1回の展示会の前以外は筆を洗うことも稀。だらだらと、もてる限りの時間を無為に贅沢に使っていた。 それでも、週に1回2時間だけ、そのだらけた部室が緊張感溢れた空間になる。デッサン会。大抵は石膏を部室の中央に置き、皆で三脚で取り囲む。モデルを雇える金は無かった。用意するものは大きなスケッチブック、鉛筆、鉛筆を削るカッターナイフ、そして練り消しゴム。十数人が無言で、鉛筆と紙が擦れる音だけが響く。決して楽しくない、でも次回も来る。毎年もうやめようと議題にはなるが、無くなることは遂になかった。強制参加ではない。だから嫌な人はその曜日だけは部室に来ない。 絵を描かない人には分からないだろうが、デッサンは描く対象を直ぐ描き始める訳ではない。暫く対象を見つめ、構図を決める。その日に自分が取組むべき技法みたいなものを設定する場合もある。今日はこんな感じの仕上がりにしようと心に決める。柔らかい鉛筆で進むのか、硬質のもので進むのか。最初に鉛筆の先が紙に触れる前に沢山のことが実は進んでいる。 全体像をざっくりと描き、細部に進む。途中で何度も鉛筆を指先に立て、壁や柱などの定点からズレがないかを確認する。目を細め、強度の近視状態で対象と絵を見比べて、全体像の印象に差がないかを確認する。対象の理解度も自分の独りよがりではないことを確かめるために、対象の後ろ側の見えない部分まで見に行く。布とかは自分で勝手に想像してシワを描いたりし易い、後ろからのつながりも見て初めてどういう構造かが分かったりもする。 ■ 楽しくないのはその独特の雰囲気だけのせいではない。元々描くことは好きな連中が集っている。描くこと自体は面白い。辛いのは、自分の力量を自分の目で自覚させられること。そして、デッサン会は描くだけでは終わらないこと。必ず合評会をやる。参加した人全員の作品を一列に並べて、作者が想いや製作意図、描きながら気付いたことを語る。そして回りがコメントする。 語るも聞くも辛い。上手いかどうかは一目瞭然。正確に描けているかは誰の目にも明らか。自分の作品がまな板の上に乗っている時も辛いけれど、友人のがそうであっても色々と気まずい。こんな言葉を使うと傷つくかとかも考えるが、何故そう見えるのかが分からないときもある。それでも言葉にしなければならない。 下手だとか、かっこいいとか主観的な言葉だけのコメントは、冷ややかに受け止められる。何がそう感じさせるのか、何が本来感じ得るものを妨げているのか、何に気をつけるべきか、それなりに真剣に考える。新入生が来る時期は特に真剣になる。新人の方が上手かったりするし、全然絵になってなかったりする場合もなる。でもそれにもそれなりに理由がある。そこを読み取るように努力してコメントする。そうした評価姿勢は、自分の作品つくりを深く見つめる目をもたらす。 自作なのに、何故そんなに頭でっかちなのか、なぜ手があっち向いているのか説明ができないこともある。見えたままに描いているつもり、でもそうは見えるはずがない。一生懸命描き込んでいって、合評会で前に並べた瞬間にバランスが崩れているのに気が付くこともある。恥ずかしくて帰りたくなる。コメントを付けられて、反論したいのに反論できない。力の無さを痛感する。地獄のようにも感じる時間。それでも他人からどう見られるのかを聞きたい自分もいる。マイナス点を並べられるのを屈辱とするなら、これほど屈辱感を味わう時間はない。色々な言い訳は喉元まで出てくるが、飲み込むしかない。皆が同じ条件で描いて、そのアウトプットが並べられている。 でもその屈辱が、上手くなりたい力になる。そうして何かが積み重なっていった。自分が何かを習得していくプロセス。それはいつだって打ちのめされる時が最初のステップだ。変な自信をもったまま、新たな何かを身につけることは無かった。だから、最初にガツンとやられる方が好きになっている、嫌だけど。 また、デッサンといっても、全員が写真的写実的なものを目指した訳でもない。後期のピカソみたいなデッサンを続けたものも居れば、スーパーリアリズムを目指した者も居る。様々な「絵」を許容するという素地も育てられた。合評会は展示会の後にも行なうし、展示会場には作品ごとに紙を用意しておいて、来場者も含めてコメントを求める。全然プロの域ではないけれど、広く浅く様々な「アート」に触れ、コメントする機会を持てた。これでなきゃイケナイ、という感覚は合評会で消されたのかもしれない。アプローチの仕方は幾らでもあり、そのレベルも何段階もある。 ■ 純粋なエンジニアと仕事をすると、私は大抵衝突する。私の「もの言い」が先ず嫌われる。目の前の評価対象をできる限り端的に言葉にする。曖昧に優しく間接的になんて思いもしない。曖昧な評価は指針を生まない。大抵の場合、それが耳に優しい訳がない。傷つけるベクトルを持っている。頭から、そうした傷つくことには配慮していない。傷ついて、そこから這い上がってくるかどうかにしか興味がない。私のアウトプットも厳しき審査して足りないと所をガンガン指摘して欲しい。チーム内評価で散々なものは、客先でも説得力はないし、いずれにしても一緒に先には進めない。私にとって進行中のプロジェクトは成功で終わるべきもので、その達成だけが目的になることはない。進みながら次のことを考えているし、一緒にそこまで進める仲間は常に探している。絵に対しても変な遠慮は不要だし、バックエンドを作っている人間にだけ優しくすべきとも思わない。お互い茨の道を進みつつ、「いいもの」を仕上げたい。 とは言っても、余り衝突を繰り返すのは褒められた話ではない。原因を色々と考えた結果、この合評会に辿りついた。私はあそこで訓練されてきたのだと。でも多くの人はそうした場で訓練されて来ていないのかもしれない。褒められて育てられて来たのかもしれない。 エンジニアは「(プログラムソース)コードレビュー」というプロセスで自作を他人の目にさらして評価を受けることができる。多くの真のエンジニア達はその効用を説くが、実は現場では余り広まってはいない。理由は時間がかかるというのと、本当にレビューをしたら傷つけてしまうから。だから、後進育成という本来やるべきことを見据えたプロジェクトでしか、コードレビューは機能していないと思っている。だからこそ、オープンソースプロジェクトでコードを公開する方々の勇気には頭が下がる。 でもHTMLデザイナは、そういった意味では最も勇気の要る職業かもしれない。毎回右クリックでソースを見るような人は同業者だけかもしれないが、殆ど全てが公開されている。良い点も、工夫したところも一目瞭然。このあたりはデザイナとエンジニアの隔たりの大きな要因になっている可能性がある。 エンジニアは仕様書レベルのレビューは少しは多くの人にしてもらえるが、コードのレベルでは、先の理由から全くされないか、少人数の仲間内だけに限られることが多い。それは「屈辱」の場面に出会わないという点ではハッピーなことかもしれないが、実は哀しむべき側面も持つ。自分の資質を他人から真っ向から評価される経験がないことは、大きな飛躍がないことになりかねないからだ。「上手くなりたい」と願う力は、好調なときよりも絶望寸前のときの方が強いように思う。 自分の作品が評価される経験が少ない者と仕事をすると疲れる。どんな批評も非難や却下と取る。「いいもの」に進む前に、くだらない誹謗中傷論を経なければならない。しかも、五月蝿い者ほど、結局アウトプットが少なくて、プライドだけが高かったりする。批評されているものを改善する方向にエネルギーを使わずに、批評した者を攻撃することにそれを費やす。その結果ただでも少ないアウトプットがより少なくなる。もう貴方はいなくていいです、と叫びたくなる。 いたわり合える和やかなチームも必要だろう。お互いに言葉一つにも気を配れる理想郷のような、母の懐のような環境も良いだろう。でも、「いいもの」を目指すという絶対的な信頼感の下で、互いのアウトプットをギリギリまで評価し合える緊張感のある現場も理想的なのだと信じる。過去何度かそんなチームで仕事をしたが、その緊張感の心地よさは今でも忘れられない。なんだかとてつもなく「いいもの」が生み出せそうな予感に満ちていた。 こんなことを書いている間にも、これらが達成できているベンチャー企業やユニットがどんどんと「いいもの/いいサイト」を作りながら、「お先に!」と軽やかに進んでいっている。互いに批評できるタフさ、いいものを世に出す基盤のように感じられる。 以上。/mitsui