コラム No. 67

ドラマ

ドラマが見たくてたまらない時がある。仕事に押されて、心がガサツいて来たと思える時に。仕事をこなしていくことだけが目的になってしまっている時に。無性に、心ある人達の心ある葛藤に触れたくなる。

TVをさほど見ないせいなのか、Webデザイナを主人公にしたモノに出会わない。この業界にいると、これほど色々なことが凝縮して描ける「場」は珍しいと思えるのに。

仕事のサイズは、1ページ2,000円とかのレベルから、他メディアを巻き込んだ大規模なモノまで様々。出会う人達も、文字しか出てこないメル友から、足を引っ張るだけの人や、熱血からクールまで。頭のキレも尋常じゃない人も、どんくさくも憎めないキャラクターも、イマイマしい敵役も。何でもござれ状態だ。

誰も作ってくれなさそうなので、最近は時々夢想している。主人公は男性2人と女性1人の3人ユニット。デザイナ兼社長兼何でも屋役のK、シニカルな女性デザイナのA、プログラムおたくのI。

Kは、過去の失敗や性格から、クライアントには逆らわない。どんなリクエストも受けてしまう。ドラマの基本線は、この世話焼き気性。ついつい断りきれないで、クライアントの望む以上のことを思い描き自分達の首を絞める。AとIは、文句と嫌味を言いつつも、そんなKを憎めずに支える。最新のWebでの「表現」を時折見せつつ、隠し味に添えつつ、Kを中心とした成長物語。

ユニットのオフィスは洒落た作りで、地下室もある。そこにはサンドバックが吊るされて、Kが嫌な客にいじめられる度に重い音が響く。クライアントのワガママがどれほど”変”かを描きつつ、結局大抵をKは引き受けてしまう。

Kはそんな自分の不甲斐なさと怒りとを地下室で発散させる。その音が響くのを残りの2人は無言で聞き流す。けれど、ドロドロな展開にはならなくて、いつも暫くすると汗だくでKが駆け上がってきて、「こんなアイデアどう!?」と笑う。呆れ顔でIがFlashで動きを作り、「こんな感じ?」と聞き、Aが冷ややかに叩いて精錬する。

客先のヒヤリングでは、現実には言えない台詞をAが言い、Kが必死に取り繕う。無理のあるリクエストには「それ不要でしょう?」と言い、無理な仕事量には「死ねってことですね」と眉一つ動かさないで、睨み返す。時にはKも演技をし、上手く商談をまとめて、クライアントのビルを出てから二人でハイタッチ。Aはクールに見えながら、感動Blogには目をウルウルさせる。

CGI,Java,Flashと渡り歩いたIは、普段は無口で喜怒哀楽が薄い。それでもモニターの周りは食玩で囲まれて、昔のアニメDVDを見ては感涙にむせぶ。いつもブスッとした顔でモノ作りに精を出すが、褒められると陰でニンマリする。

試練もある。大きなクライアントの仕事を進める間に、仲間と思っていた別ユニットから吊るし上げを喰らう。仕事の本質を理解しない者達から、言いがかりのような形で、真夜中のクライアントのビルの前でなじられる。悔しさと、今に見てろという想いとが交錯する。サンドバックが揺れる。

学びもある。何もかも「人がいい」状態では経営が成り立たない。同じ作業量を高価に売る技量にも出会う。楽しければいい、良い物を出せればよいだけでは進んで行けない壁もある。何人かの友人がタカリのように集まり、何人かの友人が親身に守ってくれる。

奢りもある。自信作を持ち込んでのコンペ。技術的にも、そのプレゼン技法にも圧倒される。自分達が同じWeb屋であると名乗れないほど自信を失う。

不安もある。毎晩続く”ほぼ徹夜”作業の最中にボソッと呟く、「俺達、家庭持てないかもなぁ」、「私、子供好きなんだよね、こう見えても」。窓の外には白む空が広がる。

喜びもある。浮かんだアイデアが想い通りにモニターの中で動き出すと、3人が子供のように歓声をあげる。互いに冷静さを装おうとするが、微笑が隠せない。クライアントに反発しても、クライアントのエンドユーザのことを考えて作りこんだモノが、リリース後に評価される。怒鳴りあうように議論したクライアントが頭を掻きながら握手を求める。僕達は間違ってなかった、と思える喜びの瞬間。

ベタベタなドラマが良い。観ながら、Web屋自身が「そうそうそんな感じで生きてんだよ、俺達」って苦笑しながら見れるドラマ。観た後に、「あのクライアント、Xさんに似てない?」と思い出したり、「そういやぁ、Yさんどうしてるかな」とか。「あいつ、俺そっくり」とか。

経験したことは、良いものでも悪いものでも、それを反芻(はんすう)するように見れる気がする。実際の現場では、怒りや喜びに満ちて味わったモノも、少しは客観的に見れる気もする。少し年を経てから見る青春ドラマのようかもしれない。どこか面はゆいというか、お尻がムズムズするような恥ずかしさ。でもそんなシーンを見ると、実体験で似たような状況になった時に自分の許容度も上がっていそうな気もする。

今、Webに関わる人口はどれくらいなのだろう。作る側の人は実はそれ程でもないのかもしれないが、使う側の人はまだまだ広く深くなるだろう。どんな風な作り方がされているのか、どんな文化なのか、どんな商習慣なのか、どんな人達なのか、もう少し知られても良い。

今、私が絡むWeb開発はどんどんと機能を追及するものになりつつある。どこか青春時代から次の時代に移ろうとしている感がある。少し仕事が一段落した瞬間に思いを馳せた、Web黎明期のこの十年。誰かドラマ作りませんか?

以上。/mitsui

ps.
プログラマは、今どきの高校生男子が就きたい職業の第3位だそう。NHK教育が目をつけたのは、パッケージアプリのでもゲームのでもない、Web(Flash)のプログラマ。一緒にやったプロジェクトが番組のベース(になるはず)。どんな味付けがされるのか。NHK故に社名は出ないが、私達には汗と涙の記念碑番組。
・番組名:あしたをつかめ 誰でも使えるシステムを作れ~プログラマー~
・放送枠:NHK教育テレビ
・放送予定日:
– 2004年10月18日(月)19:30~19:55
– 2004年10月21日(木)02:25~02:50
– 2004年10月28日(土)10:30~10:55

コラム No. 66

キャベツ

さして料理が好きな訳でもないけれど、億劫でもなくなって来ている。レパートリーは微微増という感じで、お好み焼き、たこ焼き、スパゲティ、チャーハン、鯛のスープにステーキ。

キッカケは「故郷」。余り感じられないようだけれど、生れは大阪。20歳になるまで京阪沿線暮らし。大学を口実にして実家を離れたクチだ。結婚して子供が幼稚園に入ると、その関係で「親」達との付き合いがジワジワと始まる。バザーとかで出店を出すことになると、何故か関西出身者の出番になる。「大阪生れですか?、じゃあ、お好み焼きとかたこ焼きできますね! 助かりますぅ」とか言われる。なんでやねん。

Webサイト作りでは喧々諤々やるくせに、こういうのは断れない。大抵、熱い鉄板の前に立つ事になる。しかも、幼稚園のバザーとは言え、曲りなりにもお金を取って販売する訳だから、下手なものは売れない。チャンと家で練習する。

小麦粉が薄力粉というパッケージで売られているのを知るというレベルからスタート。キャベツを刻んで汗だくなって家族をモルモット。昔食べた味を思い出しながら、あれこれと無い知恵絞って奮闘する。凝り性が功を奏して、子供たちの絶賛を勝ち取る。「パパのお好み焼きって美味しいよね!」等と持ち上げられれば、豚もおだてりゃ…の境地。「週末に一度はお好み焼き」が定着した時期もあった程。

最初は不慣れもあって面倒だけれど、ルーチン化してくると色々と考えることもできるようになる。そこで気が付いたWeb屋にとっての料理の効能。ストレス発散。私は飲み屋で愚痴るという癖を習得しそこなったのもあって、結構色々なモノを溜め込む。でもキャパシティには限界があるので、色々と爆発寸前になる。それをキャベツが受け止めてくれる。

様々な蓄積された不平不満や憎悪に近いものが、キャベツを切っていると軽減される。基本的にぶつ切りなので神経も使わない。ただ包丁を上下に動かし、刃先がキャベツの表面に触れた瞬間から、ザクッと切断されるまでの時間に手に残る何ともいえない感触。平和的破壊活動。それでも最初はブツブツと独り言を言いながらザクザクと切っていたのだが、最近は無言で切り刻む。家族4人分のキャベツを切るのは数分だが、すっきり爽快。

嬉しいことに、切る工程にどんな思いが混じろうと、その汚い部分までもは食事には伝達されない模様。子供たちは、その見栄えの悪いお好み焼きを嬉しそうにほおばる。日頃Webでは実際に操作している姿を見れないせいか、リアルタイムの反応がまた嬉しい。料理を一回休めるので、妻も上機嫌。

たいした料理を作らないので、食材は基本的にありものを使う。チャーハンなんかは毎回味が違う、というよりは同じモノは作れない。前夜に残ったものがベースで、それで何とかする。その時に効いて来るのは、実は最初に冷蔵庫を漁る瞬間。どの食材を使うかがそこで決まり、それをテーブルに並べたら、もうルーチンワーク。考えない、どこで何を混ぜるかと火加減程度しか頭は使わない。冷蔵庫を開けた瞬間のリサーチで、今回の味が半分決まっている。

だから、途中で妻がやってきて、「これも使って欲しかった」などと言い出して、何かを机の上に置くと、もうパニック。まぁ大抵は、それは次回、という話になるのだけれど、ここもWebと同じだ。作り始めてから、新しいコンテンツを入れ込んでくれと言われても辛い。最初に入れ込むコンテンツは全部並べておかなければいけない。私は料理では開発末期の仕様変更は認めない。ガンと拒否する。「駄目なものは駄目」、「遅すぎ」、「それは次期フェーズで」。仕事で言えない言葉は、気分がいい。

そう考えると、Webと料理って結構似ている部分が多い。旬の素材とやる気が前提だし、賞味期間だってある。一度作ったら終わりという訳にも行かない。同じものが延々続けば飽きてくるし、美味しければ再度その店に行く。不味ければ二度と行かない。思い切り美味しさを堪能したければ、食材の良し悪しにこだわる。料理人の腕は、根性論では越せない壁があり、技術を常に磨く者が喜ばれる。同じように見える料理でも、隠し味やら細かな部分で歴然とした差があって、それを認知できる客層も実は大きい。頑張っていることは伝わっている。

また、父親が厨房に立つことは子供たちに良い影響を与える気がする。日頃父権がどうのこうのと話したとしても、料理の形になれば旨いものは旨く、不味いものは不味い。隠し様の無い状況で、親子が色々と話ができることの意義は大きい。イマイチだねと生意気な評価を下す息子に、じゃあ作ってみろと挑発し、翌日には息子がエプロンしてアクセクしている日もあった。どうだ旨いだろう、と誇らしげな娘の顔も覚えている。Webの開発現場が活き活きしていた頃に同じような台詞のやり取りをしたのを思い出す。そうやって、互いの技術を磨きあい、批判力や判断力を育ててきた。

そして最大の共通点。作ることよりも、嬉しそうに食べてもらえたときが一番嬉しいという感覚。作ることに如何に熱中しようと、その行為自体はやはり自己満足なのだと思う。全ては美味しく食べる瞬間のためであり、その瞬間に全てが報われる。どう努力したかとか、どんなテクニックを使ったかとか、どんなフライパンを使ったかなんて、最終的には関係ない。旨そうにガッツく息子や娘の姿に勝るものは無い。

自分の関わったWebサイトを嬉しそうに語ってくれたり、立ち寄りましたよと声をかけて貰える度に、舞い上がりそうになりながら、もっと良いモノを、と心に誓う。

以上。/mitsui

ps.
家にも帰れない状況で、弁当暮らし。キャベツをきる気力も今は無いけれど、少し溜まってきているのが自覚できる。来週末にはいつもの倍のキャベツを切るかもしれない。

コラム No. 65

新しいぶどう酒と新しい皮袋

Flashプロジェクトに深く関わるようになっている。Webの世界の新しい幕開けに立ちあっているようで興奮している。毎日が通常の倍の忙しさとスピードで駆け抜けていく。疲れが取れないまま翌日に突入していく。今日と明日の境が曖昧になっていく。年齢が足かせになっていることを思い知らされる。

エンジニアとして生きていた頃、30代後半が現場で生きていく限界だと、言われていた。世界有数のエンジニアを抱える会社にいたので、その能力的引退年齢を超えてもバリバリ新しい機能を産み出していく人達を数多く知っていた。けれど、彼らは、明らかに普通とは異なるオーラを発していた。それは自分がまといたいと思うことすら失礼に感じるほど神々しかった。

Ridualを始めて、少し革新的な技術領域に足を踏み入れることができたと思いつつ、年齢的に最先端の分野にいることの難しさを感じている。そんな想いは、Flashプロジェクトに関わり、益々増幅されて感じる。もう、ついて行けないかもしれない…、そんな弱音が喉まで何度も出かかる。

でも、先日、私達のワガママな仕様を、忍耐強く実装してくれるエンジニアと話をした。開発は末期の状態で、忙しさも複雑さも未体験ゾーンに入っていた。事実上この時点では、どんな優秀なエンジニアを投入したところで事態が楽になることはない。そんなことは分かっていながら質問した、「今、どんな人を投入して欲しいか」。彼は1秒も待たずに答えた、「ディレクターですね」。

開発が軌道を失い始めとき、起こることは情報の混乱だ。当初の仕様を満たす時間がないと分かったとき、採れる道は最低ラインを見極めて、最短ルートを確保することだろう。やるべきことを明確にし、無駄なく進むこと。しかし、軌道修正の名の下に、実はより無軌道に陥りがちだ。判を押したように、タスクの洗い出しとその優先順位をつけろと叫びだす者が現れ、進捗会議や対策会議を召集したがる者が声を大きくする。ただでも忙しく、責任感から1秒でも長くコードを見つめたいエンジニアに、状況分析資料の作成業務が投げられる。

こんなに「火」が付くまで何をやっていたのだ、と怒るのは一番簡単な道だ。怒鳴るだけなら誰でもできる。火事の現場では、火元の責任者をつるし上げるよりも、助け出す方が先だ。現場から言わせれば、火の付いた現状を見て、何をどうすれば良いか指示できない「監督」の方がどうかしている。

火が付いた現場には、容赦なく電話やmailが降ってくる。ロジック的な修正をする身でありながら、その対応をしなければならないのは辛い。一人と対応するだけなら何とかなるだろう。しかし複数から責められるように、全体像を考慮しない要求がチグハグにやって来られたら、最早気力そのものが萎える。情報整理が追いつかない。時間軸によって大幅に揺らされ、mailと電話で左右にふられる状況で、何をなすべきかを見極めるのは常人のタスクではない。

そんな時、余計な火の粉を払いのけて、本当の火の粉の中に突き進んでいく道を確保するのがディレクターの役割だ。本当の火の粉の中では百戦錬磨の働きができるように現場は訓練している。その能力を信じて、全力を発揮できる場を提供するのが指揮官の役目だ。それをディレクターと呼ぶ。

火の付いたと呼んでもいい現場で、メインエンジニアが「ディレクター」を欲する。現状でその声を聞かされるということが、満足していないということを多分に現しているとしても、それは私には福音(Good news)に聞こえた。まだ、頑張れる領域があるという希望だ。Flashの動きの設計や、ActionScriptでゴリゴリ書けなくても、情報整理や社内調整という分野でも、Webの最先端に絡んでいける道がある。そして、それは現場が望む姿で存在し得る。

実は、ここ数年のFlashプロジェクトを通して、Flashの開発は、その他のシステム開発と何ら変わりがないと主張してきた。上流工程をどこまでキチンとできるかが要であり、開発プロセスもインタラクション系の幾つかの特別な部分はあるけれども、全体としてみれば大差ない。でも今回の修羅場を通して、何か違和感を感じ始めてきた。実は別物ではないのだろうか、そんな疑問が頭を持ち上げる。

加えてアテネオリンピックの話で考えさせられた。同じ「走る」という競技でも練習方法は微妙に異なりそうだ。基礎練習的な部分で7~8割が同じであっても、最後の最後に差のつく筋肉を鍛える方法は、競技種目によって細かく分かれるように、解説を聞いていた。

Flashや「Rich」と呼ばれるシステム開発は、何か特別な「決め手」が仕組まれていて、その部分に関しては、やはり特別な開発/検証手法が存在する。それは、従来の手法に似てはいても非なるものだ。無理やり対応表を作ることはできても、何処かに不協和音が響くイビツなものになる気がする。

その根幹には人材という部分がある。多くの優秀なFlash開発者が、今までのエンジニアを輩出してきた「層」以外の部分から出てきている。全く畑違いの業界からの参入や、そもそもプログラミングやコンピュータから遠かった人達が数年で壇上で注目を集めたりする。

Web黎明期は従来技術を引きずっている人達が立上げざるを得なかったけれど、ここに来てWebという純粋な土壌が整い始め、純正なWebな人達が出てきているように感じる。Web以外の何かと比較しながら考える人と、Webの上に立って先ず考え始める人。Webの時間軸の速さを考えると、そうした新世代が育ってきても不思議はない時間が既に経っているのだろう。

新しい人達と新しい活躍の場を考えると、1つの聖句(聖書の言葉)を思い出す。

また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を張り裂き、ぶどう酒は流れ出て、皮袋もだめになってしまいます。
新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければなりません。
また、だれでも古いぶどう酒を飲んでから、新しい物を望みはしません。『古い物は良い。』と言うのです。

ルカによる福音書5:37-39

新しいFlash開発者達が、「新しいぶどう酒」ならば、「新しい皮袋」は何だろう。マーケットかもしれないが、マネージメントかもしれない。新しい人達が興されているのに、それを納め切れる「器」があるとは言い難い。様々な意味で、この言葉を想い返す。

古いものが良いと見なされるのは、このスピードで革新を続けるIT業界でも根付いている文化だろう。Flashシステムもまだまだそうした壁と戦っている。けれど、この言葉が言うように、新しいモノを古いモノの中に納めること自体に無理があるのかもしれない。

ならば、新しいWebの形を模索するなら、新しい「器」の模索も必須なのではないだろうか。Webを既に成熟し完成した状態だと思ってしまう人達には、辿りつけない場所へ行くためには、「新しいぶどう酒」と「新しい皮袋」の両輪が必要だろう。

最新技術に振り落とされそうになった時、新しい地平線が見えてきた。まだ一緒にこのWeb界で格闘できる場所。「新しい皮袋」作り。辛さが増して、楽しいとは言えない時が多いけれど、仕事の喜びがここにはある。まだまだ、この現場から離れたくない。頑張ろう。

以上。/mitsui

コラム No. 64

RIAコンソーシアム

ひょんなことからRIAコンソーシアム(RIAC)という団体に関わることになった。RIAとは「Rich Internet Application」の頭文字。語源的には Macromedia 社が提唱する、Flash中心の次世代Webアプリケーションの総称。そのMacromediaとビジネス・アーキテクツとITフロンティアの三社が発起人になり、2003年末に発足した。

NRIとRIACとの接点は、「中立」であろうとする点。圧倒的なシェアを持つ技術であろうと、NRIは中立性を保つことを基本としている。コンサルティング部門の歴史と政策提言などまで行なう企業スタンスの現れである。今回もRIA関連製品企業との中立性を条件にRIAC発足時から幹事企業として加入した。

RIACの事実上の活動は、2004年4月からと言っても良く、公開セミナーと会員企業間の勉強会を中心にしている。まだまだセミナー内容は Flash が多くはあるが、「中立」への意識は強い。製品戦略上は接点を避けているようにさえ見える、Biz/Browser や Curl にも同じ壇上で語ってもらっている。Flash に偏りがちなのは、不特定多数に見てもらえる環境と知名度の点から、ある程度はしょうがない部分であるだろう。

メーカの思惑などから、市場には「リッチクライアント」や「スマートクライアント」等様々な言葉が既に存在してしまっているが、既存技術との本質的な違いは、ユーザインターフェース(UI)の表現力の差だと言えると思う。RIACでは、それを、UI部品的部分と、標準技術等との連携、開発プロセスの整理、という三視点を三つの分科会で議論している。「HTMLを越えた次世代Web系開発基盤」を何と呼ぼうと、これらの整理がよりよいUIアプリケーションの普及を促進させるものになると信じ、最終的には何らかのガイドライン作成を目標としている。

現時点の成果をまとめるのは難しいが、少なくとも会員企業間では自社内のみでやっていたのでは至れない技術交流が成立しつつあり、技術を見る目も肥えてきた。例えば、前出の Biz/Browser は国産の VisualBasic ライクな開発環境であり、Curl は MIT で生れた世界標準を強く意識した技術である。生れも育ちも異なる技術の現時点の到達位置を、そのメーカ自らの語る言葉をベースに比較すると、自力で調査してきた以上に色々と考えさせられる。

外国産だからというのが、日本語変換部分のサポート状況の言い訳にならないことも明白にされたし、頻繁に使われるだろう機能の開発手順や、情報提供の質と量の差等興味深い発見が続いている。様々な状況やお家事情が重なって各製品の「今」があるのだろうけれど、メーカを中心に見るのではなく、使う我々を基点に肌身を通して比較ができる点は、今までにない場の提供であり、成功点として数えられるだろう。

システムインテグレータ(SIer)が、アニメーションツールとして生れた Flashにまで注目をしているのは、何故だろう。私見だが、既存のアプリケーションの定義では、使われる現場からのニーズに応えられなくなっているためだ。

通信環境は、少し前よりも確実に良くなり続けている。しかし、利用者の感覚は、そのスピード以上に早くなっている。数年前なら10秒待てたのが、今だと5秒待たされてもイライラする。こうした即応性だけでなく、ユーザビリティに属する部分も、SIerや経営者の考えを越えて進んでいっている。不便な使い勝手や、理不尽な(無意味な)入力強要システムへの嫌悪感は明らかに上がっている。我慢してはもらえないのだ。

上司や経営者がこれを使えといっても、現場が暗黙の拒否権を発動する時代になった。勿論、現場はたてつくように文句は言わない。しかし、数字がものを言う。そのシステムを導入することで生産性が上がったかどうか。理が分かる経営者には、その無言の叫びが数字を通して届いている。

HTMLは、そうした現場の査定にあいながら、既存のクライアントサーバ(C/S)システムと比較された場合、明らかに嫌われてきた。余りに反応が遅いし、使い勝手が悪いのだ。そもそもページ配信という概念自体が、時代とずれてきているようにも思う。もてはやされるように導入されたHTMLシステムが、ここ数年憂き目にあっているという記事が各種メディアで取上げられているけれど、それは氷山の一角でしかない。

作ったものが使われない。これを、制作費は払ってもらえたので何とも思いませんと言える開発者はいない。居たとしたらどこかおかしい。喜んで使ってもらえることに汗を流してきた意味がある。

システムが、今まで思われてきた「システム」であり続けられるのか。何か別の魅力を持つべきではないのか、何か今まで見過ごしてきた「価値」があるのではないか。焦り始めているのはまだまだ少数派だ。しかし確実に増えている。

価値の下落が始まったなら、打てる手立ては新たな付加価値をつけることだ。そうした状況で、システムが今後「まとうべき衣」とは一体なんだろう。ある人達は、標準技術やオープンソースと答え、ある人達は特定技術の世界制覇だと答え、ある人達は高性能化だと答える。そして、UIの洗練だと答える人達もいて、その人達が、今RIAに注目している。

システム屋の Flash 等へのラブコールは、実は救済依頼をしているような状況だ。もはや、DBやプログラム言語やフレームワークでは、システムを魅力的にできないところまで行きついている分野が出てきている。そして確実にその領域は広がっている。

エンジニアは声を上げている、誰かに助けて欲しいと。その声の先にデザイナやクリエイタと呼ばれる層がいる。しかし、HTML時代にエンジニアとデザイナは良好な関係構築を果たせなかったツケが回ってきている。お互いにどう話していいのかさえ分からない。

実は、まだ詳細は書けないが、現在私は某Flashプロジェクトに関わっている。サーバ連携の部分と、ユーザビリティを含めた演出の部分と、お互いに補完しながら新たな価値を生み出せる領域に入れたと感じる。エンジニア技術とデザイン技術は何ら矛盾することなく、エンドユーザのお役に立てることを、実証できつつある(多分に自画自賛的だが)。関わっていて、格段にハラハラしクタクタになりつつも、それ以上にワクワクしている。

世間には、アニメーションが初心者、上級者ほどActionScript(エンジニア系)という、漠然とした雰囲気がある。誰が言い始めたか知らないが、業務アプリを開発し出すとそれが間違いだとはっきりと気付く。担う役が違うのだ。

どんなに多くの魔法を詰め込んでも、そのランプをこすらなければ何も始まらない。どんなに魅力的な呼び鈴だろうが、ろくでもないお化けが出てくるのであれば、その呼び鈴は使われることはない。便利な機能を満載した家には、それに相応しく使い勝手も美しい玄関が必要だ。優秀なエンジニアリングには、有能なデザインが寄り添っていて欲しい。

業界的に不足している職種がある。UIデザイナ。言葉として定着するのか不明だが、「日経デザイン」等を中心に最近ハードウェア系で多少関心が高まっている、プロダクトデザインや、家電製品やケータイ等の操作性向上を担う職種。私の周りには既に何人か存在して、今は彼らと話をする時間が一番楽しい。

TVリモコンの操作性で毎回ボヤく人や、電車の切符売り場で考え込んじゃう人、留守番電話の設定が全然憶えられない方で、それを他人と理屈を伴った形でコミュニケーションできるなら、多分誰でも素養がある。

活躍の場の中心は、インターネットというよりはイントラネット。対象ユーザは不特定多数ではなく、ある程度限定された有スキル者。人気がなければ消滅するタイプよりは、ある期間は必ずある程度のユーザが使用することが保証される(ユーザは義務的に使わされる)。エンジニアとの折衝は、インターネットよりも増加する傾向を持ち、使用者からのフィードバックは、求めるならば必ずもらえる(義務として答えるユーザが割り当てられる)。姿の見えないユーザではなく、名前まで知りうる人達の日々の仕事を、UIを使って「滑らか」にする仕事。但し、チャンスがあれば不特定多数のそれにもチャレンジできる。そして、そのチャンスは徐々に大きくなっている。

アニメーションや3Dだけがクリエイティブと呼ばれる時代が過去のものになるかもしれない。業務アプリケーションの操作性の向上に携わる場面で、クリエイティブという言葉が使われる時代が来るかもしれない。

ゲームや映像の世界ほど注目は浴びないが、実は長い歴史を持ち、未だに改良の進んでいる分野。今後は、メインフレームの無味乾燥した画面で情報処理をやっていた人から、ケータイで親指だけで小説がかけてしまう世代までが使うIT環境のデザイン領域が待っている。

書き連ねると苦労話の連続になってしまう。先駆者としての苦労は山ほどある。が、実際に幸せにできる対象は全サラリーマンかもしれないという対象の広さ。日常業務から「苦」を駆逐するという古くて新しい分野。知っているモノ全てを投入し尽くせる奥の深さ。…そんな職種が生れつつあるということ、UIデザインという領域のエキサイトさを、若いデザイナに知ってもらいたい。

ref)
RIAコンソーシアム : http://www.ria-jp.org/
(まだコンテンツが少ないですが、徐々に増やしていく予定です。また、内部情報ですが、10/6(水)に品川でセミナーを開催予定です。来週中に正式アナウンス予定)

以上。/mitsui

コラム No. 63

Ridualユーザ

Ridualサイトは、評価版の配布のために立ち上げたサイト。情報提供もしたいのだが、開発を進めながらでは中々難しい。ある程度形になってからでないと書けないことが多すぎる。Ridualの今後については、まだ夢しか書けないが、現状どんな方々が興味を示してくれているかについて触れたい。

訪れるお客様は、本コラムを掲載してくれている日刊デジタルクリエーターズという名メルマガ経由が最大と思われる。掲載日のアクセスが週の中でもダントツに多い。読んでくださった方々が、そのままURLをクリックしてくれて、トップページから順々に中の方まで覗いてくれている様だ。続くのが、Ridualサイトへのリンクを個人的に設けてくれる篤志家(感謝してます)の方のサイトから、続いてGoogle経由(これはトップではなくNewsページ)。

Newsのページは、事実上我々Ridualチームの基礎情報維持に思いのほか役立っている。複数人でその日のニュースから色々と拾い集めている。Webで公開しているのはその一部分。社内ではもう少し趣味に近い情報から、携わっているプロジェクトに関係する情報まで見れるようになっている。見た目には凝っていないが、とっさの備忘録としては、不可欠なグループナレッジウェアに育っている(FileMaker製)。これが、Googleの検索に引っかかる。著名なWeb開発製品名で検索しただけでも、このページがそこそこの上位に見える。客寄せの意味は考えてなかったが、嬉しい誤算だった。

訪問者のブラウザでは、IEが約50%で、続くNetscape系が21%、Safariが4%、と続き、Operaは1%。IEの圧倒的優位には違いがないが、世界中の95%を占めていると言われるブラウザにしては元気がない。アンチIE派にウケるのか。それともRidualに興味を持つ層がアンチIE派なのか。

OSは、Windowsが55%で、次が「その他のOS」で18%、続いて「ロボット」15%、「Macintosh」が11%程度。Windowsの中では、XP,2000,98,ME,NT,95の順で続くが、XPが51%、2000が42%と大半を占めている。最新に近いOS使用者が来ているが、Ridualという製品を考えると、最新に近いか安定を望むユーザが多数になるのだろう。

購入ユーザは、全然当初の計画に満たなくて社内的には辛い立場が続いている。層としては大学系が一番のお客様。続いてSIer的な企業。値段を下げてからは個人ユーザも買ってくれている。先日は町役場からも問合せが来た。静的な大量ページの整理という意味では、公的機関にまだまだニーズがあるだろうし、納品物確認にRidualを使用してもらいたいという想いは薄れていないので、その問合せにはドキドキさせられた。失礼な言い方であろうけれど、日本も捨てたモンじゃない。

肝心の評価版のダウンロードは、週に2桁。個人情報の管理が厳しくなったので、mailアドレスを入れてもらう方式を止めてしまったので、どんな方かは分からない。ログに残るIPアドレスのみから推測している。多いとは言えないが、Ridualのようなツールをサイト構築に使用したいと願う方は、日本には1000人のレベルだろうと想っている。総ダウンロード数は日に日にこの数字に近づいている。

評価版の目玉は、ダウンローダだと思っているが、開発チームもこれを多用している。気になるサイトがあれば、URLを入力して落として解析する。サイトマップもその時見れば良いのであれば、評価版だけでも充分かもしれないと思ってしまう。

まだまだ解析能力が足りないと自覚しているが、ある程度はカスタマイズで対応もできる。フォーラムにもあるが、拡張子を追加することでダウンロードするファイルを変更することが可能だ。私は下記を追加して、解析できたらダウンロードさせてもらっている:ppt jss pfr lzh sit。

続いて夢の部分。現在はJavaScriptと格闘中。難しいのは、document.writeを用いることで、HTMLとJavaScriptが複雑に入れ子状態になる部分等。当初は、IEの特許問題でembed/objectタグが使いにくくなると踏んで開発対象に挙げた。特許問題はまだ予断を許さないものの、影響度を考慮したような落ち着き先が見えてきた。けれど、やらない訳には行かない。シンプルHTMLのみという方が珍しくなってきたから。

続いて、CSS。アクセシビリティの注目度は依然熱を帯びて見える。コンテンツとレイアウトを分離できる嬉しさは大きい。そして、情報の構造化も視覚化してみたいテーマだ。その延長線上に、Dreamweaver等のツールを用いたテンプレート解析が待っている。どのページにどれほどのテンプレートがぶら下がっているのか。どのファイルを修正すると、どれだけのページに影響が出るのか。複雑に絡み合ったものを、シンプルに確認できるようなツール。そこがRidualの方向性なので、もう暫く頑張って行く。

CMSへの期待も高まってきている。誤解を恐れずに簡単に言うと、これもテンプレートとコンテンツの話。何か上手い情報整理方法があるし、既存からの移行にも良いアイデアが見つかるかもしれない。この辺りまで考えると、更に上流にも興味が湧く。アイデアのレベル。Webの達人達が頭の中でサイト設計を行なっている部分を、ツールに落とし込めないだろうか。

広がる夢を見ながら、毎月末に収支報告をする。景気が上向きになったとはいえ、数千円をクレジット決済してもらうことの壁の高さや、機能に対して投資する気にさせることの難しさを痛感する。Ridualを知ってもらえても、ファイルやリソースの一覧表を表ソフトで丹念に作る作業から離れてくれない。エクスプローラとエクセルの間で格闘しているデザイナを見るたびに、歯ぎしりするほど悔しく感じる。

何かが足りない。機能か、使い勝手か、導入の敷居の高さか、そもそも知恵か。いづれにしても、Ver.2ではもっともっと考え抜いてからリリースしたい。Webが当たり前になりつつあるのに、開発が楽にならない。細々とでもチャレンジを続けたい。

以上。/mitsui

コラム No. 62

叱る

最近子育てについて再び考え始めている。電車の中での「事件」が発端だった。

その親子は、一目見たときから、何か違和感を感じた。昔はシルバーシートと呼ばれていた端っこの一角に、母親二人と子供三人の恐らくは二家族が陣取っていた。電車はガラガラの状態で、別にその時点では迷惑でもなんでもない。少し声が大きいと感じる程度で、普通の親子連れだったけれど、ただ何となく、離れていた方がいいな、と直感した。

電車が動き始めて、直感が当たった。子供が走行中の電車の中を行ったり来たり走り出した。一両分丸々何度も何度も往復する。通る度に、まばらに座っている乗客が足をどける。幼稚園生の男の子。真っ直ぐにも走れない。本人に迷惑をかけているのが分かる年齢ではない。

近くの老夫婦が見かねて、声をかけた。危ないから走らないで。口調も厳しくない、おばあちゃんが優しく孫に声をかける感じ。子供は少しシュンとして席に戻る。途端に驚くべき反応が返って来た。「子供が走りたいんだから、いいだろう!」、とお母さんらしい女性の怒鳴り声。周りの誰もがギョッとした。

走行中の電車の中を幼稚園生が走り回っているのを見て、注意しない方がおかしい。声をかけなかった自分を私は少し恥じていた位だったが、そのお母さんは、自分の子供の自由が一番大事だと叫んでいた。

あろうことか、「子供が喜んで走るのは、当たり前だろうが! バ~カ!」と老婦人に向かって悪態をつく。30台半ばの女性が老婦人に、これほど直接的に喧嘩を売っているのは初めて見た。目と耳を疑う。「バ~カ!」と、間をおいて暫く叫び続ける。その声が人もまばらな電車の中に響いている。誰が馬鹿であるのか分かっていないのは本人だけだ。

その場のウケだけを至上とするTV番組を思い出す。相手の年齢も品格も関係ない、ただこきおろす口調だけを楽しむ番組を何度か見たことがある。声が大きいだけでその場を制圧しているような雰囲気もあった。その瞬間は面白いと感じなくもないが、嫌な後味が残るものだった。言っている内容の正しさを吟味する間もなく、ただウケさえすれば良い台詞。

叫び続ける母親のそばで、その友人らしい女性が少し苦笑しながら見ている。さも自分達が正しく、ふざけたことを言う「老害」に制裁を加えているようなニヒルな笑い。こちらには、制しないこと自体が不思議に映る。

誰がどう見ても老婦人の方が正論である。子供が倒れて怪我をした時、その母親は律しなかったことを悔いないだろうか。すりむいた程度なら笑って済ませることもできるだろうが、走行中の電車内である。本人は幼稚園生の筋力しかない。本人が望むことがベストではあり得ないし、自己責任を問える年齢でもない。その子は、まだまだ沢山の大人たちの助言や叱責の中で学ぶべき年齢だ。

子供が育っていくには、最早一家族だけで踏ん張ってもどうしようもできないところまで来ている。何を薦めるにも禁じるにも、親の影響力は、子供の成長と共に限りなく小さくなる。「いい子」を育てるには、皆で育てるしか手はないと思わされる。けれど、そんな意識が親側に育っていない。

まさに不適切な言葉を叫び続けるその母親を見ながら、その男の子が可哀想でならなかった。一見、子供を守っているかのように見えるけれど、全然その子のためにはなっていない。あの子は、ああした言葉を聴きながら育っていく。

「子供本人が望むこと」という言葉が独り歩きしている。私が子供の時、私が何を思うかが大切にされていた様には思わない。大人がどう育てるかがメインであり、子供であった私には大きな大きな障害ではあったが、何かしらのモラルを共有しつつ育てられた感覚が存在した。今は大人側のモラルも低くなっているが、子供に対する意識も変わってしまった。自分のことなんだから、自分のベストは本人が知っている、それを尊重しようとする考え方。自分のことを自分が一番分かっていたら、今の社会の歪はこんなにも大きくなってはいない。

子供たちは明らかに叱られていない。叱られることに慣れていない。息子や娘の友達が我家に来たり、電話をかけて来るたびに驚かされる。全然、大人と話をするという意識が欠けている。最初から「タメグチ」なのから、挨拶をしないのから、我家に遊びに来て私と目が合っても姿勢も正さずソファーに寝そべっている者まで。電話でも、私が取って「ミツイデス」というと、「ヤマダタロウデス」と名乗るだけで、後は「良きにはからえ」と言わんばかりに待っていたりする。大人に対応を考えさせる。歪んだ守られ方をしてきた結果だ。

子供とはいえ、厳しく接するには勇気が要る。自分の子供には怒鳴りつけられるが、その友人にそうできるようになったのは息子が小三あたりの時か。挨拶しない子には、挨拶するまで目を睨みつけて「コンニチハ」と私から言う。電話で名乗るしか能のない子には、「ミツイデスガ?」と繰り返す。息子を呼んで欲しいのなら、そう頼めと言葉に出さずに威圧する。正しく反応するまで繰り返す。すっかり嫌なオヤジである。今ではキチンと嫌われて、私が近づくと姿勢を正す。高校生になる前に煙たがられて良かった。

おかしくなっているのは、子供たちや親だけでもない。新人たちとも話が合わない。全然緊張感なく新技術を学べるとタカをくくってやって来る新人達の多いこと。ネットで数文字タイプして submit するだけで分かることを、教えてくれとやってくる。教えてもらえて当たり前と信じている。私は新人です、守られて当たり前です、と顔に書いてある。

私はできた新人ではなかったが、配属当時会議のたびに知らない言葉を、一生懸命こっそりとメモしたものだ。会議が終わるたびに図書室で恥ずかしさを隠しながら調べものをした。そして次回にもっと多くの宿題を抱えて図書室に向かった。GoogleもYahoo!もボランティアの辞書作成者もいなかった時代だ。それしかなかったし、それが少しずつ力になってくれた。

新人だけでもない。上級のエンジニアと呼ばれる人達とも感覚が合わない。クライアントの前で、後ろから刺してくるように、ここの色を変えましょうよ、補色って何だっけとか平気で口にする。こっちとあっちの配置を交換すれば綺麗ですよ。ここの透明度を下げましょうよ、かっこよくなりますよ。デザイン書を生涯開いたこともない御仁がのたまっている。聞いていて、空いた口が塞がらない。語る内容の一貫性のなさが、ド素人であることを露呈している。

クライアントの前でDB設計の話をしている時に、SQLって何ですかとか常識を知らないことを明示したりはしないし、浅はかな知識でヤブヘビな事態を招くような言葉も可能な限り避けるのが常だ。しかし、エンジニアがデザインの領域に踏み込んでくる時の姿勢は、多くが何の緊張感もない。驚くべきことを、驚くべきタイミングでやってのけてくれる。

自分の知らないものに畏敬の念を覚えない者は、無防備でそのフィールドに入ってきて、無神経な言葉を吐く。それがどんなに場違いなものかは、その道に生きている者にしか見えない。本人は気が付けない。新参者が新しい何かを手に入れるのは、周りの雰囲気を見て反省し学ぶか、叱責されてその身に刻みつけるかしかないように思う。厳しい言葉もない、誰かが優しく教えてくれる環境を望んでも駄目だ。そして、こういった話には、年齢は関係ない。相手が幼稚園生だろうが、エンジニアだろうが、高級官僚だろうが、通る道は同じだ。

Web屋に求められる資質を問われると、「好奇心」という答えがよく返って来る。広辞苑に依ると好奇心とは「未知の事柄に対する興味」とある。Web屋には、興味だけでなく姿勢も求められている。未知の事柄に対する姿勢。知らないことを知ることの喜びが、知っていることの多さを誇っている状態よりも大きい事を知って行動できること。その意味では、知っていることが如何に少ないかを知っているかが好奇心の強さを示すものと言っても良い。

そして、勿論現実は違う。知っていることが如何に少ないかを知っている者は、往々にして博学だ。よくそんなことを知っているなと感心する。何にでも興味を示しアンテナを張って生きてきた結果が「実」となってそこにある。

好奇心旺盛な者達が集う場で、プロジェクトを進めると、そこは必然的に学び舎になる。様々なアンテナが張り巡らされた場で様々な視点と分析とが行きかう。一つのプロジェクトが終わるとき、多くのメンバが必ず多くのそれまで未知の知識を吸収している。その知ること自体を喜べる者たちばかりである。活気に満ち溢れない訳がない。

大手のシステムインテグレータがWebデザイン誌で取上げられないのは、この雰囲気の温度差が原因かもしれない。DBは知らないことがない、という高みの立場から進めるプロジェクトと、人間って面白いよねと小さなことにも感動して学び進むプロジェクト。そもそも向いている方向が異なっている。でも、これから必要とされるWebプロジェクトは両面を兼ね備えたものだ。それがユーザビリティの先にあるものだと読んでいる。

子供の躾から、新人やエンジニアに至るまで、全ての原因を「過保護」のような言葉に押し付けたくはないし、原因探しにも実はあまり関心はない。今どうすれば良いかに興味がある。どうすれば、好奇心が増幅できるのか。対象は、自分を含めたできる限り多くの人達。答えは「教育」にあるはずだ。

子供が「やりたい事だけ」や「やれる事だけ」をやらせるのではない。子供が「吸収できそうな事柄」もやらせてみるのを教育と呼ぶ気がしている。そして、その方法は甘い道だけじゃない。叱ったり嫌われたりする道も通る。そして、その教えるという行為自体も、親から子への一方向ではない。双方向に互いに学びあう。登場人物と学ぶべき対象によって、その場を「家庭」と呼んだり、「職場」と呼んだりする。

子供に色々と教えつつ。自分の無知さも自覚する。息子に何かを教えながら、横で広辞苑を引いたりする。父親が調べ物をするのを、息子は興味深く見つめる。職場でも、知らない言葉メモは実は今でも続けている。知らないことに出会わない日がない。何かを教える立場に立つことも増えたけれど、それは自分が知りたいから。矛盾めいているけれど、一番効率の良い学習方法は教えることだから(by ワインバーグ)。

学校でも優等生で来たわけでもない、勉強が好きなタイプでもない。そんな私が 41 になっても、知る喜びが膨らんでいる。新しい考え方に出会えるプロジェクトでは声を弾ませて、疲れも忘れて議論している。Webという「機会」が与えられていることに心から感謝している。

電車の中で注意した人を攻撃する親に守られた、あの男の子は、いつ電車の中で走らないべきだと知るのだろう。その日が大怪我をする前に来て欲しいと願うし、それまでに変な守られ方をしたおかげで知れなかった事柄ができるだけ少なくあることを祈る。叱られることが、学ぶチャンスであることに、いつか気付くだろうか。

以上。/mitsui

コラム No. 61

アテネ・オリンピック

テレビを殆ど見ない生活をしているのに、「金」獲得のシーンをLiveで何度か見れた。生活が普通じゃない分、時差が大きい方が見れるチャンスが高い。

柔道がこんなにエキサイティングなものとは知らなかった。何処からが「技」かも知らない素人だが、アナウンサーの絶叫を聞きながら、足を抜いたら技がかかったことになるんだぁとか呟きながら凝視する。ルールを学びながら、応援する。体が激しく浮き沈みすると、息を呑み、こらえるべき所は思わず声が出る。

誰が「金」をとってもおかしくないような猛者が集う場で、日頃の練習の成果を出し尽くす。常人にはできないことなのだろう。そうした猛者たちが、汗を輝かせ、息を弾ませながら、もてる力の限りをふり絞る。開会式の華やかさとは対照的な、大声援の中にありながら、どこか孤独な畳の空間。

Liveで見れて良かったのは、TV局というフィルターが余りかからないモノまで気にできること。勝負時の目の輝きや、呼吸の乱れ、汗の滴る瞬間も、瞬きをする間のことのようなのに目に焼きつく。

一本で投げきったときの、両者の表情。小躍りする者、雄たけびをあげる者、静かにガッツポーズする者。天を仰ぎ静かに目を閉じる瞬間。そして柔道着を整え礼をする。ショックが抜けきれないままの者、悔しさが自分に向かっているのを隠せない者、悔しいはずなのに勝者を称える者。

勝利インタビューの時にも幾つか驚かされる。耳がはれ上がっている。畳にこすり付けられて、内出血どころじゃないのか。それが直りきらないうちに更にこすり付けられているのだろう。腫れ上がり方が幾重にも重なって普通じゃない。でも笑って答えている。汗を拭う指先のテーピーングの量。勝利と引き換えにしてきた代償は、TVの前で唸っている私の知識を越えたものなのだろう。

負けた者たちも少しでもメダルに近いところを目指して歯を食いしばる。3位確定と共に、それまでのムッとした表情が崩れて泣き出す者の多さ。3位になれても、満足できない。それは彼ら彼女らには意味がないかのようだ。世界3位の猛者が泣き崩れる。コーチに抱きついた途端に緊張の糸が切れる。ここまでの数ヶ月間は何だったのか、何故あそこで油断したのか。様々な考えが浮かんでいるのだろうか。悔しさで顔が歪んでいる。

戦歴を聞いていると、どの大会でも上位で出会うのは同じような人達のようだ。どこか戦友のような感覚を持っているのかもしれない。同じ時代に生れたというだけで、数ヶ月単位で行なわれる世界大会で競い合い、数年に一度のオリンピックのような場でも顔を合わせる。

前回の「負け」をバネにして、今度こそという思いで練習を積む。数ヶ月や数年後の1日に自分のピークを合わせるような自己管理。華やかな舞台の裏に幾つもの涙が、にじんで見える。

性分として、負けている方をいつも応援したくなる。頑張っている姿が好きだから。でも柔道には勝っている方も負けている方もなさそうだ。両者が頑張っているのが良い勝負。そんなシーンが自分の仕事の踏ん張りどころにもなっていく。誰かが頑張っている姿は、得がたい栄養補給剤みたいなものだ。

翌日、電車ですれ違う小学校低学年の子までが、「野村」や「谷」と興奮気味に話している。昼休みには近くの公園で親子キャッチボールが増えて見える。子供たちも走り回って見える。いつもより声が響いている。子供たちにも伝わっているよ、と教えてあげたくなる。見知らぬ誰かの笑顔の糧になる、種になる。今日出会った子供たちが、いつか「あのシーン」がキッカケでしたと、五輪の勝者インタビューで答えるかもしれない。

数回前のオリンピックでは、何だか組み手争いばかりしていて、一向に技が決まらないのに、勝負が付くという印象を持ってしまった。それが柔道着の素材やら審判の動向を前提にした、勝つための戦略が先行したためだと後で知った。幻滅に近い印象を更に深めた。投げるか投げられるか、真っ向勝負の代表のようなスポーツだと単純に思っていた柔道もそういう勝つためのビジネスになったのかとため息が出たことを憶えている。

今回の日本の躍進の分析が新聞に載っていた。チーム重視から個人重視への選手育成の姿勢転換だけでなく、審判側も変わっているのが書かれている。下位戦で「いい判断」をしたものしか、上位戦の畳の上には立てないそうだ。肩書きではない、当日のジャッジの質で決められる。シドニーの「誤審」への反省とある。

このままでは、駄目だ。このままでは視聴者に受け入れられない。そんな危機感が審判とか体制側にあるのが驚きだった。体制とか伝統とかいう言葉に守られている側が、危機感を持つことは稀だと思ってきたから。

「反省」した国際柔道連盟が、審判レベルの向上に力を注いだとある。自らの姿勢を先ず正して、ファンに問う。その結果が私のような柔道音痴でも手に汗握る試合につながっている。礼に始まる格技らしい。そういえば、谷選手は、表彰台に上る前、一人靴を脱いで畳の上に立ったようにも見えた。

皆が熱狂するスポーツ、小さな子供たちさえ名前を口にする「英雄」を生み出す土壌。それでさえ、自分達がどう受け止められているかを真剣に模索しているのだ。いわんや、企業をや、Webサイトをや。

ユーザに受け入れられるものこそが、という方向にWebサイト開発は向いてきている。と、言われて続けている。しかし、現実は少し違う。ユーザが知りたいことを提供する姿勢を貫くのは、まだまだ大変な作業だ。昔ながらの壁が立ちはだかる。本でセオリーが語られるほど、本質は変化していない。

でも、変化が少ないと思っていたことが、変わって行っていることに勇気付けられる。何だか「俺たちももっと先まで行けるぞ」と思えてくる。硬直 し変化しないモノは何ものも先へは続いていかないと希望を持つ。変化を恐れないモノだけが不動の支持を得るのか。

今回の勝者たちの履歴記事も面白い。お山の大将だけで行き着けた人が殆どいない。多くが「もう辞めようと思いました」と過去に岐路を経験している。そんな過去がありながら、「柔道続けていて良かったです」と語る。そんな言葉が耳からしみて来る。辛いことがあっても、あの腫上がった耳やテーピーングを思い出せる。こんなことでへこたれてはいけない。まだやれる、と心のフンバリが少し強くなる。

オリンピックのおかげで睡眠時間は更に短くなった。でも、気力は増している。そんな人が心なし増えている気がする。眠そうなのに気が張っている顔つき。電車に揺られながら、何となく想う。頑張ってる人が美しいのは、それを受け止めた人が反射板になって更に光を増すからかもしれない。

以上。/mitsui

コラム No. 60

合評会

大学時代、美術研究会に所属していた。学内では唯一の美術系サークル。いつも授業が終わったら、部室に行き、だべる。油絵を中心にしていたが、年1回の展示会の前以外は筆を洗うことも稀。だらだらと、もてる限りの時間を無為に贅沢に使っていた。

それでも、週に1回2時間だけ、そのだらけた部室が緊張感溢れた空間になる。デッサン会。大抵は石膏を部室の中央に置き、皆で三脚で取り囲む。モデルを雇える金は無かった。用意するものは大きなスケッチブック、鉛筆、鉛筆を削るカッターナイフ、そして練り消しゴム。十数人が無言で、鉛筆と紙が擦れる音だけが響く。決して楽しくない、でも次回も来る。毎年もうやめようと議題にはなるが、無くなることは遂になかった。強制参加ではない。だから嫌な人はその曜日だけは部室に来ない。

絵を描かない人には分からないだろうが、デッサンは描く対象を直ぐ描き始める訳ではない。暫く対象を見つめ、構図を決める。その日に自分が取組むべき技法みたいなものを設定する場合もある。今日はこんな感じの仕上がりにしようと心に決める。柔らかい鉛筆で進むのか、硬質のもので進むのか。最初に鉛筆の先が紙に触れる前に沢山のことが実は進んでいる。

全体像をざっくりと描き、細部に進む。途中で何度も鉛筆を指先に立て、壁や柱などの定点からズレがないかを確認する。目を細め、強度の近視状態で対象と絵を見比べて、全体像の印象に差がないかを確認する。対象の理解度も自分の独りよがりではないことを確かめるために、対象の後ろ側の見えない部分まで見に行く。布とかは自分で勝手に想像してシワを描いたりし易い、後ろからのつながりも見て初めてどういう構造かが分かったりもする。

楽しくないのはその独特の雰囲気だけのせいではない。元々描くことは好きな連中が集っている。描くこと自体は面白い。辛いのは、自分の力量を自分の目で自覚させられること。そして、デッサン会は描くだけでは終わらないこと。必ず合評会をやる。参加した人全員の作品を一列に並べて、作者が想いや製作意図、描きながら気付いたことを語る。そして回りがコメントする。

語るも聞くも辛い。上手いかどうかは一目瞭然。正確に描けているかは誰の目にも明らか。自分の作品がまな板の上に乗っている時も辛いけれど、友人のがそうであっても色々と気まずい。こんな言葉を使うと傷つくかとかも考えるが、何故そう見えるのかが分からないときもある。それでも言葉にしなければならない。

下手だとか、かっこいいとか主観的な言葉だけのコメントは、冷ややかに受け止められる。何がそう感じさせるのか、何が本来感じ得るものを妨げているのか、何に気をつけるべきか、それなりに真剣に考える。新入生が来る時期は特に真剣になる。新人の方が上手かったりするし、全然絵になってなかったりする場合もなる。でもそれにもそれなりに理由がある。そこを読み取るように努力してコメントする。そうした評価姿勢は、自分の作品つくりを深く見つめる目をもたらす。

自作なのに、何故そんなに頭でっかちなのか、なぜ手があっち向いているのか説明ができないこともある。見えたままに描いているつもり、でもそうは見えるはずがない。一生懸命描き込んでいって、合評会で前に並べた瞬間にバランスが崩れているのに気が付くこともある。恥ずかしくて帰りたくなる。コメントを付けられて、反論したいのに反論できない。力の無さを痛感する。地獄のようにも感じる時間。それでも他人からどう見られるのかを聞きたい自分もいる。マイナス点を並べられるのを屈辱とするなら、これほど屈辱感を味わう時間はない。色々な言い訳は喉元まで出てくるが、飲み込むしかない。皆が同じ条件で描いて、そのアウトプットが並べられている。

でもその屈辱が、上手くなりたい力になる。そうして何かが積み重なっていった。自分が何かを習得していくプロセス。それはいつだって打ちのめされる時が最初のステップだ。変な自信をもったまま、新たな何かを身につけることは無かった。だから、最初にガツンとやられる方が好きになっている、嫌だけど。

また、デッサンといっても、全員が写真的写実的なものを目指した訳でもない。後期のピカソみたいなデッサンを続けたものも居れば、スーパーリアリズムを目指した者も居る。様々な「絵」を許容するという素地も育てられた。合評会は展示会の後にも行なうし、展示会場には作品ごとに紙を用意しておいて、来場者も含めてコメントを求める。全然プロの域ではないけれど、広く浅く様々な「アート」に触れ、コメントする機会を持てた。これでなきゃイケナイ、という感覚は合評会で消されたのかもしれない。アプローチの仕方は幾らでもあり、そのレベルも何段階もある。

純粋なエンジニアと仕事をすると、私は大抵衝突する。私の「もの言い」が先ず嫌われる。目の前の評価対象をできる限り端的に言葉にする。曖昧に優しく間接的になんて思いもしない。曖昧な評価は指針を生まない。大抵の場合、それが耳に優しい訳がない。傷つけるベクトルを持っている。頭から、そうした傷つくことには配慮していない。傷ついて、そこから這い上がってくるかどうかにしか興味がない。私のアウトプットも厳しき審査して足りないと所をガンガン指摘して欲しい。チーム内評価で散々なものは、客先でも説得力はないし、いずれにしても一緒に先には進めない。私にとって進行中のプロジェクトは成功で終わるべきもので、その達成だけが目的になることはない。進みながら次のことを考えているし、一緒にそこまで進める仲間は常に探している。絵に対しても変な遠慮は不要だし、バックエンドを作っている人間にだけ優しくすべきとも思わない。お互い茨の道を進みつつ、「いいもの」を仕上げたい。

とは言っても、余り衝突を繰り返すのは褒められた話ではない。原因を色々と考えた結果、この合評会に辿りついた。私はあそこで訓練されてきたのだと。でも多くの人はそうした場で訓練されて来ていないのかもしれない。褒められて育てられて来たのかもしれない。

エンジニアは「(プログラムソース)コードレビュー」というプロセスで自作を他人の目にさらして評価を受けることができる。多くの真のエンジニア達はその効用を説くが、実は現場では余り広まってはいない。理由は時間がかかるというのと、本当にレビューをしたら傷つけてしまうから。だから、後進育成という本来やるべきことを見据えたプロジェクトでしか、コードレビューは機能していないと思っている。だからこそ、オープンソースプロジェクトでコードを公開する方々の勇気には頭が下がる。

でもHTMLデザイナは、そういった意味では最も勇気の要る職業かもしれない。毎回右クリックでソースを見るような人は同業者だけかもしれないが、殆ど全てが公開されている。良い点も、工夫したところも一目瞭然。このあたりはデザイナとエンジニアの隔たりの大きな要因になっている可能性がある。

エンジニアは仕様書レベルのレビューは少しは多くの人にしてもらえるが、コードのレベルでは、先の理由から全くされないか、少人数の仲間内だけに限られることが多い。それは「屈辱」の場面に出会わないという点ではハッピーなことかもしれないが、実は哀しむべき側面も持つ。自分の資質を他人から真っ向から評価される経験がないことは、大きな飛躍がないことになりかねないからだ。「上手くなりたい」と願う力は、好調なときよりも絶望寸前のときの方が強いように思う。

自分の作品が評価される経験が少ない者と仕事をすると疲れる。どんな批評も非難や却下と取る。「いいもの」に進む前に、くだらない誹謗中傷論を経なければならない。しかも、五月蝿い者ほど、結局アウトプットが少なくて、プライドだけが高かったりする。批評されているものを改善する方向にエネルギーを使わずに、批評した者を攻撃することにそれを費やす。その結果ただでも少ないアウトプットがより少なくなる。もう貴方はいなくていいです、と叫びたくなる。

いたわり合える和やかなチームも必要だろう。お互いに言葉一つにも気を配れる理想郷のような、母の懐のような環境も良いだろう。でも、「いいもの」を目指すという絶対的な信頼感の下で、互いのアウトプットをギリギリまで評価し合える緊張感のある現場も理想的なのだと信じる。過去何度かそんなチームで仕事をしたが、その緊張感の心地よさは今でも忘れられない。なんだかとてつもなく「いいもの」が生み出せそうな予感に満ちていた。

こんなことを書いている間にも、これらが達成できているベンチャー企業やユニットがどんどんと「いいもの/いいサイト」を作りながら、「お先に!」と軽やかに進んでいっている。互いに批評できるタフさ、いいものを世に出す基盤のように感じられる。

以上。/mitsui

コラム No. 59

幻(Vision)

仕事に火が付くと、子供の顔すら見れない日が続く。平日はしかたがないか、と多少の諦めもするが、週末も会えなくなると辛さが増す。私がクタクタで起きてこれない場合もある。成長している子供たちは、その活動範囲も広がっているので、私が家にいても彼らが忙しい時だってある。

子供は私の中で。「生活」の象徴だ。子離れ/親離れとかの議論のレベルではなく、同じ屋根の下に住む者を意識することを生活だと思っている。残念ながらその対極にあるのが「仕事」である。その隔たりはかすかに縮まった程度で、まだまだ大きい。

クタクタで、ボーッとした頭で電車に乗る。何のためにこんなに頑張っているのだろうという想いが心の片隅をよぎる。仕事のために生きているのか。それでも、パソコンを前にすると、ガムシャラに進む。進むしかない。

もっと楽に稼げないのだろうか。やはり時々思う。このままで大丈夫なのか。心配にもなる。体力的な意味でもそうだが、我家が周期的に陥る父親不在の状態にも不安が絡みつく。「生活」をどこまで犠牲にして良いのか。

「楽さ」に憧れを持ち始めたら、思い出す人が私にはいる。私は「転職組」なので、様々な上司に出会っている。その一人は、客先に一緒に行く電車の中で、当時はやっていた映画の原書を読み耽っていた。客先でのプレゼンでは、私しか話さない。彼はただ横にいた。帰りの電車も、彼は読書に励む。上司である以上、私より当然高給取りである。彼と直接的に上司/部下の関係でいたのは数ヶ月だったが、彼が何かを「生産」したのは見たことがなかった。

忙しくクタクタになっている状態のときに、彼を思い出す。別に彼を思い出すのは少し特異な点があるからであって、類似系には何人も会ってきている。凄く楽そうで、昔思い描いていた「幸せ」の構図そのもののように見える。

では、あれが「理想」なのか。優秀な部下に囲まれて、仕事は部下に任せっぱなし、素晴らしいクライアントに恵まれて、交渉時の苦労は何もない。朝早くからエライさん会議に出席して、沈黙を守る。判断はできるだけ避け、ワードやエクセルにデータを転記して、多少の概要を記述してイッチョ上がり。帰りがけにアマゾンで流行の洋書を発注して、時にはワインも。定時に帰宅し、子供たちと笑顔の夕飯(話を単純化したいので大幅に誇張)。

多少の妬みを持たない訳ではない。多少羨ましいと想う時だってある。でも、違うだろう。何かが違う。考えれば考えるほど、似合わない。自分のそんな姿を想像したら、ふき出してしまう。成立するとも思えない。そこに自分の喜びが一緒にあるように思えないのだ。楽かもしれないけれど、楽しそうじゃない。そう、自分が全然楽しそうじゃない。私にしか得られない報酬が見えない。

例えば、プロデューサ的な役割で、無理解なクライアントに振り回されているとする。その無理解さを嘆いてもしょうがない。その知恵がないから、私をプロとして雇っているのだ。それが誰にでも楽にできるなら、私である必要はない。自分達のサイトをどうすべきかを理解し自分で企画を進められるのであれば、他人に頼むこともない。議論が収束しないのは、議論のナビゲーションをしている私のスキル不足なのだ。だから議論がまとまり、方向性が決まったとき、誰よりも喜んでいるのは私だ。それが私への報酬なのだ。そしてそれは他の誰に与えても等価値な種類のものではない。私だからこそ喜べる唯一の報酬であることが多い。

労働力や労働時間に対する報酬を金銭的なものに求めるなら、Web屋は割が合わない職種に当たるだろう。求められるスキルが多岐に渡りすぎるし、想定される賃金相場が低い。企業とエンドユーザを結びつけるスキルは、一言で語られるような種類のものではない。まだまだ雇う側がその価値を正当に評価できていない時代なのかもしれない。

Web屋に身をおくものとして、自分が得ている報酬が正当かどうかは悩む。その報酬の大きさは、喜びの大きさと、生活を支えていく資本の二軸を持つ。喜びの大きさは仕事の規模感に比例する場合も多い、チームメンバとのコミュニケーションの質にも比例する。が、やはり生活できなくては話にならない。霞を喰って生きていく訳にはいかない。

何故、生活に支障が生じるか。経済的問題も無視できないが、時間という要因も大きい。「デザイン」と称せられる作業量を正確に見積もることができていない。例えば、DB提案をする際に、オラクルとサイベースとMySQLとその長短所を見極めたいから、ちょっと作ってみてくれるかと言われて、一所懸命作りこむシステム屋はいない。でもデザインは、ちょっと作ってみてくれで作業が発生する。赤を青に変えただけのバリエーションではない。デザインが緻密な情報デザインに根ざしたものであれば、そうそう発想は生れない。でも「やってよ」の一言で、担当者の幾晩かが消えていく。

こうした壁に対して、成功している(あまりこうした呼称は好まないが)大手のWeb屋は、事実上コンサルティングの色彩が強くなっている。自分達のやっていることの本質をクライアントに納得してもらっていくと言う方法だ。

しかし、そうした方法は誰もができる訳ではない。発言する前に、発言しても良いというステータスが求められると言う構造的壁にも突き当たる。

さらにもう一つの壁がある。現状を「常識」だと思う、諦める、「壁」である。クライアントととの交渉は長時間が当たり前でしょ。終電なんて関係ないでしょ。デザイナは寝ないで二案三案出すのが当たり前でしょ。Web屋が求めるほどクライアントは即決できないのは当たり前でしょ。二転三転しても、良いもの作るのが当たり前でしょ。疲労しきった頭からのアイデアは、品質と言う形でクライアントに被害を与えることも忘れて、現状追認はまかり通る。

聖書を学ぶと「幻のない民は滅びる」という言葉に出会う。「幻」は”vision”の訳である。信仰的色彩を除いて、分かり易く言えば、「現状で満足している人達は滅びる」と言っている。「大志を抱け」と肯定的に意訳しても良い。

Web屋が夕飯を子供と一緒に食べて何が悪い。ぐっすり寝て、映画も見て、アイデアの引き出しに蓄財しても悪い事はない。短時間でクライアントとのニーズが見極められる会議(形態)があっても不思議ではない。終電を逃してからでないと帰れない生活とはオサラバできる。誰もが言い切ることはできないが、幻に見ることは可能だ。

現状を追認するところからは、何も新しい状態は生れない。先日、午前様で帰り着いたら、中一の息子が置手紙をしていた。「水を冷やしておいたから飲んでね」。冷蔵庫の冷えたペットボトルが輝いて見えた。生活を犠牲にする現状を肯定する訳にはいかない。私はもっと息子と会話する必要がある、父として。

今、仕事に追われながら、本来の姿を夢想している。どんな仕事のやり方が理想なのか、それを諦めていないか、考えること自体諦めていないか。幻を見ない私は潰されるぞ、と言い聞かせながら。

以上。/mitsui

コラム No. 57

天狗になる。より大きな存在を思い知らされる。打ち砕かれる。卑屈になる。ウジウジする。とりあえず、と何か勉強し始める。もしかして、これって行けるかもしれない、とノメリ込む。形ができる。社内や社外を行脚する。天狗になる。…。

小さな波を幾つも幾つも重ねる。大きな波も、より大局から見れば同じような繰り返し。こんな波をどれくらい越えてきたろう。スランプになる度に考える。絶好調の時には、そんなことは考えない。後ろをチョロチョロと見始めると、それは行き詰っているというシグナルだと、最近に漸く自分の行動パターンが分かってきた。

過去を振り返る、食玩が増える、名刺の整理を始める。幾つか象徴的なことをどうしてもしたくなる時がある。少し前までは、それを「逃避」だと思って来た。そんなところに逃げ込まないでチャンと問題に向き合わないと駄目だと、無理やり自分を鼓舞してきた。

最近そうした対応方法を改めようかと考えるようになった。「不惑」の年に達してから、どうも体を上手くコントロールできない。そもそも体調に気をつかっている方ではない。色んなところでガタが来ている。ジムに通いたいと、ここ何年も独り言も言っている。でも、問題だと感じているのは体力面だけじゃない。

アイデアが出ないという壁が見える。少し前までは、かけた時間にある程度比例した「何か」が手元に残った。それが最近は、ある時間を過ぎると、なんだか頭が空回りしているのを感じる。同じ考えの中をウロウロとグルグルと回り続ける感じ。ここさっき通った道だ、と気が付いているのに、繰り返す。これ以上考えても、「今は」無駄、という線が垣間見える。そして、キチンと寝て考えると少し先へ進める。

体が悲鳴をあげるように、精神的(?)活動も無理をかければ悲鳴をあげるのかもしれない。胃が疼きだすように、自分の趣味の領域を疼かせて、視点を少しそらせようとする。今は休めとサインを送ってくれている。

でも、頭のどこかで、そんなことはない俺はまだやれるんだ、と無謀な抵抗を試みる自分がいる。もう少し考えよう、もう少しやっておこう、抵抗しつつ、真夜中のキッチンで最近コックリやっている自分がいる。もしかしたら、今はそんな状況に自分を適応させていく準備期間なのかもしれない。

いつまでも同じ体力で走り続けることはできないのだろう。でも、走り続けることは、何も体力だけでなされる訳ではなさそうだ。先日お会いした方は、私よりも二つ上。毎日缶ビールを数本は空けると言われるが、体格はそんな風に見えない。きりっと締まったスポーツマン。何かやられてますか、と問うと、「ヘロヘロになるようなモノを少し」。スーパーマラソン。100Kmを走り抜く。週末は箱根まで電車で行って、走って帰って来る、とか。で、Javaプログラマ。

Javaプログラマに偏見を持っている訳ではないけれど、初めてのタイプ。驚き度が倍増した。なんだか生き方自体に興味を持つ。今1Kmだって走れる自信がない私が色々と質問する。そして聞かせていただいた彼の夢、六十歳になって完走したい、と笑顔で言う。北海道で行なわれる大会では、そうした先輩ランナーが、若者ランナーを激励しながら走るというのが珍しくないそうだ。それが格好良いという。走る境地を私は理解できないけれど、きっと体力面でも精神面でも、身の丈にあった走り方でないとそうは続けられないのだろう。

短距離で熱血だけで走ることしかできない私には異世界物語だ。でも、体が自分をワキマエロと言っている。自分ができること、自分しかできないこと、誰かにバトンを渡していくこと、それらを整理しつつ走っていかなければならない時期に来ているのか。

手前味噌だが、Ridualはそう考えて開発し始めた。今は嫌がらずにやれるHTMLのチェックも、近い将来できなくなる。目だってカスムし、思考も鈍る。検証も甘くなるだろう。それでもWeb屋であり続けたい。だから自動でやれるところは自動でやりたい。

妻の実家は海まで数十歩の場所。年に一度は行くようにしている。津軽弁は私には難解で会話が続かないので、よく波を見つめに外に出る。寄せては引く波をただじっと見つめる。不思議と全然飽きない。何時までも見てられる。

どれも同じような波に見えるけれど、ふと気が付くとそばにあった流木が彼方に動かされていたりする。拾ってみると、結構重い。同じに見える繰り返す波にそんな力がある。自分もそんな波を重ねて生きたい。

以上。/mitsui