• コラム No. 68

    コラム 毎週のタスクの中で一番重くなって来ているのが「コラム」。業務と呼べるのかも少し疑問なタスクで、社内の自席では考えがまとまらないのもあって、週末に書く事が常になってきている。名メルマガ:日刊デジクリの単なる読者だった頃に、何かのプレゼントに応募して、一生懸命コメントを書いたら、いきなり届いた下記のメールが発端だった。 > プレゼント応募の企画内容をみますと > 三井さんはコラムを書く側の人ではないかと直感 > ぜひ書いてみてください > おもしろければなんでもありです 結局プレゼントには外れ、いきなり書けと言われてもなぁ、と返事も出さずにメーラの奥にしまい込んだ。それが2001年の春。 その頃、Ridualの開発には既に着手していて、何とか形になる(販売できるか)なと思えたのが、その1年後の2002年6月。独りよがりの仕様では価格は付けられないので、試用版を出す計画を立て始める。が、Web関係者を呼び込む術が思い当たらない。Webサイトを作ることしか経験が無く、プロモーションやマーケティングにはさして関心もなく過ごしてきたことを思い知らされた。 前職も含めて、クライアントに納品して、後はありきたりの告知サービスに登録すれば、自分達の仕事は終わり。そんな感覚があった。勿論契約はそこまでなのだが、その先は知らなくて良いという甘さがあった。良いモノを作れば、人は集まるという過信もあった。Webサイトは作って終わりではなく、作ってからが始まりであることを身をもって考え始めた。 しかし、RidualというJavaアプリケーションの開発を細々と続けながら、そのポータルサイトを忘れられないように維持する、それは不可能なことに思えた。開発進捗をレポートしたところで、自分だって読みたいとは思えなかったからだ。自分の引き出しを引っ掻き回して、人を呼ぶ何かを探した。 ■ その頃、Webサイトのあり方への興味は勿論薄れていないが、情報入手法は実は変わっていた。Webサイトを訪れて何かを知る、ニュースサイトを必ず積極的に訪れるという生活は薄まっていた。メールで知らされて、それを詳しく知りたければ、サイトを訪れるというスタイルが定着していた。 メルマガの中でも、日刊デジクリ以外にも熟読するものが複数ある。ニュースにしても、メーカーの出す製品発表リリースよりも、記名解説記事の方が好きになっていた。誰かの目を通した世の中の見方、物事の考え方に、賛同するコミュニティというものを意識し始めた。しかもそれは、大手新聞社などの大メディアではないボランティア的な組織や市井の人である場合が多かった。最早、Webサイトを中心としたコミュニティから、別のコミュニティの姿が垣間見えていた。 Webサイトは想定ユーザを設け、その層の方向を向いて情報を発信する。しかし、そのユーザ自体はそうした「くくり」でくくられるのではなく、もう少し別の指向性で一体感を感じたりする。Webサイトの想定ユーザが縦方向のカテゴリーだとすると、横軸(横断)的な類似点を持ったグループが、メール発行者を中心に出来上がっていっていたように思う。メールの価値が、情報伝達手段から別の何かを飲み込むように大きくなっていた。 メールの力を感じつつ、メールで知った著名人にコンタクトを取って、感想を聞きに行くという「押し売り的冒険」が始まった。どちらかというと出不精なのに、我が子Ridualのためである。自分でも驚くほどフットワークが軽かった。 ■ そして、濱村デスクにも見て欲しいと思い立つ。きっかけは2001/3/29~4/18までの編集後記。Webデザイナについての名文。本文より先に後記を読む習慣がついてしまう程だった。mACademiaで発表させてもらうということで大阪出張を取り付けて、と準備をするが、結局デスクには会えずじまい。それでも、あれこれとmailしている内に以下のようなやり取りが成立してしまう: デスク:2002/06/18 15:09:01> デジクリでコラムを書いてくださいませんか? 三井 :2002/06/18 15:40:57> うっ、そうくるか…:-) デスク:2002/06/18 19:10:27> きました。 自分の引き出しを漁ったところで、何かしらの想いを綴った文書しか出せないのは分かっていて、コラムを書き続ける準備はしていた。でもRidualサイトに掲載したところで、裏路地の一角に書き綴るのに等しい。存在すら知られないだろうと覚悟していた。渡りに舟だった。読者数2万のメルマガに稚拙な文書が載ることに、青くなりながらもワクワクしながら書き始める。 そして、デスクと会えたのは先月。ファーストコンタクトから実に2年強。編集長とは、数年前に遠目にPAGEの司会をやられているのを見たきりで話をしたことも無い。でも何ら困らない。毎週末には〆切守れと、怖いイメージ像が勝手に頭に浮かんでくる。でも催促されたことも、怒られたことも無い。 原稿料もない。でも何の不満も無い。デジクリ発行日には確実にRidualサイトのアクセスは上がり、時々弊社の他部署運営サイトのそれを上回る。もしかしたら、上手く換金する手法はあるのだろうけれど、お金に変えがたいモノを得ているのも事実だ。なにしろ損していると感じたことが無い。 ■ プレゼント応募者からメルマガコラムニスト(?)になって変わったことは、一番は毎日ネタ探しをするような生活になったこと。モノ欲しそうに何でも見つめてもしまうけれど、色んな事を自分の言葉で考える習慣がついてきた。 […]

     
  • コラム No. 67

    ドラマ ドラマが見たくてたまらない時がある。仕事に押されて、心がガサツいて来たと思える時に。仕事をこなしていくことだけが目的になってしまっている時に。無性に、心ある人達の心ある葛藤に触れたくなる。 TVをさほど見ないせいなのか、Webデザイナを主人公にしたモノに出会わない。この業界にいると、これほど色々なことが凝縮して描ける「場」は珍しいと思えるのに。 仕事のサイズは、1ページ2,000円とかのレベルから、他メディアを巻き込んだ大規模なモノまで様々。出会う人達も、文字しか出てこないメル友から、足を引っ張るだけの人や、熱血からクールまで。頭のキレも尋常じゃない人も、どんくさくも憎めないキャラクターも、イマイマしい敵役も。何でもござれ状態だ。 ■ 誰も作ってくれなさそうなので、最近は時々夢想している。主人公は男性2人と女性1人の3人ユニット。デザイナ兼社長兼何でも屋役のK、シニカルな女性デザイナのA、プログラムおたくのI。 Kは、過去の失敗や性格から、クライアントには逆らわない。どんなリクエストも受けてしまう。ドラマの基本線は、この世話焼き気性。ついつい断りきれないで、クライアントの望む以上のことを思い描き自分達の首を絞める。AとIは、文句と嫌味を言いつつも、そんなKを憎めずに支える。最新のWebでの「表現」を時折見せつつ、隠し味に添えつつ、Kを中心とした成長物語。 ユニットのオフィスは洒落た作りで、地下室もある。そこにはサンドバックが吊るされて、Kが嫌な客にいじめられる度に重い音が響く。クライアントのワガママがどれほど”変”かを描きつつ、結局大抵をKは引き受けてしまう。 Kはそんな自分の不甲斐なさと怒りとを地下室で発散させる。その音が響くのを残りの2人は無言で聞き流す。けれど、ドロドロな展開にはならなくて、いつも暫くすると汗だくでKが駆け上がってきて、「こんなアイデアどう!?」と笑う。呆れ顔でIがFlashで動きを作り、「こんな感じ?」と聞き、Aが冷ややかに叩いて精錬する。 客先のヒヤリングでは、現実には言えない台詞をAが言い、Kが必死に取り繕う。無理のあるリクエストには「それ不要でしょう?」と言い、無理な仕事量には「死ねってことですね」と眉一つ動かさないで、睨み返す。時にはKも演技をし、上手く商談をまとめて、クライアントのビルを出てから二人でハイタッチ。Aはクールに見えながら、感動Blogには目をウルウルさせる。 CGI,Java,Flashと渡り歩いたIは、普段は無口で喜怒哀楽が薄い。それでもモニターの周りは食玩で囲まれて、昔のアニメDVDを見ては感涙にむせぶ。いつもブスッとした顔でモノ作りに精を出すが、褒められると陰でニンマリする。 試練もある。大きなクライアントの仕事を進める間に、仲間と思っていた別ユニットから吊るし上げを喰らう。仕事の本質を理解しない者達から、言いがかりのような形で、真夜中のクライアントのビルの前でなじられる。悔しさと、今に見てろという想いとが交錯する。サンドバックが揺れる。 学びもある。何もかも「人がいい」状態では経営が成り立たない。同じ作業量を高価に売る技量にも出会う。楽しければいい、良い物を出せればよいだけでは進んで行けない壁もある。何人かの友人がタカリのように集まり、何人かの友人が親身に守ってくれる。 奢りもある。自信作を持ち込んでのコンペ。技術的にも、そのプレゼン技法にも圧倒される。自分達が同じWeb屋であると名乗れないほど自信を失う。 不安もある。毎晩続く”ほぼ徹夜”作業の最中にボソッと呟く、「俺達、家庭持てないかもなぁ」、「私、子供好きなんだよね、こう見えても」。窓の外には白む空が広がる。 喜びもある。浮かんだアイデアが想い通りにモニターの中で動き出すと、3人が子供のように歓声をあげる。互いに冷静さを装おうとするが、微笑が隠せない。クライアントに反発しても、クライアントのエンドユーザのことを考えて作りこんだモノが、リリース後に評価される。怒鳴りあうように議論したクライアントが頭を掻きながら握手を求める。僕達は間違ってなかった、と思える喜びの瞬間。 ■ ベタベタなドラマが良い。観ながら、Web屋自身が「そうそうそんな感じで生きてんだよ、俺達」って苦笑しながら見れるドラマ。観た後に、「あのクライアント、Xさんに似てない?」と思い出したり、「そういやぁ、Yさんどうしてるかな」とか。「あいつ、俺そっくり」とか。 経験したことは、良いものでも悪いものでも、それを反芻(はんすう)するように見れる気がする。実際の現場では、怒りや喜びに満ちて味わったモノも、少しは客観的に見れる気もする。少し年を経てから見る青春ドラマのようかもしれない。どこか面はゆいというか、お尻がムズムズするような恥ずかしさ。でもそんなシーンを見ると、実体験で似たような状況になった時に自分の許容度も上がっていそうな気もする。 今、Webに関わる人口はどれくらいなのだろう。作る側の人は実はそれ程でもないのかもしれないが、使う側の人はまだまだ広く深くなるだろう。どんな風な作り方がされているのか、どんな文化なのか、どんな商習慣なのか、どんな人達なのか、もう少し知られても良い。 今、私が絡むWeb開発はどんどんと機能を追及するものになりつつある。どこか青春時代から次の時代に移ろうとしている感がある。少し仕事が一段落した瞬間に思いを馳せた、Web黎明期のこの十年。誰かドラマ作りませんか? 以上。/mitsui ps. プログラマは、今どきの高校生男子が就きたい職業の第3位だそう。NHK教育が目をつけたのは、パッケージアプリのでもゲームのでもない、Web(Flash)のプログラマ。一緒にやったプロジェクトが番組のベース(になるはず)。どんな味付けがされるのか。NHK故に社名は出ないが、私達には汗と涙の記念碑番組。 ・番組名:あしたをつかめ 誰でも使えるシステムを作れ~プログラマー~ ・放送枠:NHK教育テレビ ・放送予定日: – 2004年10月18日(月)19:30~19:55 – 2004年10月21日(木)02:25~02:50 – 2004年10月28日(土)10:30~10:55

     
  • コラム No. 66

    キャベツ さして料理が好きな訳でもないけれど、億劫でもなくなって来ている。レパートリーは微微増という感じで、お好み焼き、たこ焼き、スパゲティ、チャーハン、鯛のスープにステーキ。 キッカケは「故郷」。余り感じられないようだけれど、生れは大阪。20歳になるまで京阪沿線暮らし。大学を口実にして実家を離れたクチだ。結婚して子供が幼稚園に入ると、その関係で「親」達との付き合いがジワジワと始まる。バザーとかで出店を出すことになると、何故か関西出身者の出番になる。「大阪生れですか?、じゃあ、お好み焼きとかたこ焼きできますね! 助かりますぅ」とか言われる。なんでやねん。 Webサイト作りでは喧々諤々やるくせに、こういうのは断れない。大抵、熱い鉄板の前に立つ事になる。しかも、幼稚園のバザーとは言え、曲りなりにもお金を取って販売する訳だから、下手なものは売れない。チャンと家で練習する。 小麦粉が薄力粉というパッケージで売られているのを知るというレベルからスタート。キャベツを刻んで汗だくなって家族をモルモット。昔食べた味を思い出しながら、あれこれと無い知恵絞って奮闘する。凝り性が功を奏して、子供たちの絶賛を勝ち取る。「パパのお好み焼きって美味しいよね!」等と持ち上げられれば、豚もおだてりゃ…の境地。「週末に一度はお好み焼き」が定着した時期もあった程。 最初は不慣れもあって面倒だけれど、ルーチン化してくると色々と考えることもできるようになる。そこで気が付いたWeb屋にとっての料理の効能。ストレス発散。私は飲み屋で愚痴るという癖を習得しそこなったのもあって、結構色々なモノを溜め込む。でもキャパシティには限界があるので、色々と爆発寸前になる。それをキャベツが受け止めてくれる。 様々な蓄積された不平不満や憎悪に近いものが、キャベツを切っていると軽減される。基本的にぶつ切りなので神経も使わない。ただ包丁を上下に動かし、刃先がキャベツの表面に触れた瞬間から、ザクッと切断されるまでの時間に手に残る何ともいえない感触。平和的破壊活動。それでも最初はブツブツと独り言を言いながらザクザクと切っていたのだが、最近は無言で切り刻む。家族4人分のキャベツを切るのは数分だが、すっきり爽快。 嬉しいことに、切る工程にどんな思いが混じろうと、その汚い部分までもは食事には伝達されない模様。子供たちは、その見栄えの悪いお好み焼きを嬉しそうにほおばる。日頃Webでは実際に操作している姿を見れないせいか、リアルタイムの反応がまた嬉しい。料理を一回休めるので、妻も上機嫌。 たいした料理を作らないので、食材は基本的にありものを使う。チャーハンなんかは毎回味が違う、というよりは同じモノは作れない。前夜に残ったものがベースで、それで何とかする。その時に効いて来るのは、実は最初に冷蔵庫を漁る瞬間。どの食材を使うかがそこで決まり、それをテーブルに並べたら、もうルーチンワーク。考えない、どこで何を混ぜるかと火加減程度しか頭は使わない。冷蔵庫を開けた瞬間のリサーチで、今回の味が半分決まっている。 だから、途中で妻がやってきて、「これも使って欲しかった」などと言い出して、何かを机の上に置くと、もうパニック。まぁ大抵は、それは次回、という話になるのだけれど、ここもWebと同じだ。作り始めてから、新しいコンテンツを入れ込んでくれと言われても辛い。最初に入れ込むコンテンツは全部並べておかなければいけない。私は料理では開発末期の仕様変更は認めない。ガンと拒否する。「駄目なものは駄目」、「遅すぎ」、「それは次期フェーズで」。仕事で言えない言葉は、気分がいい。 ■ そう考えると、Webと料理って結構似ている部分が多い。旬の素材とやる気が前提だし、賞味期間だってある。一度作ったら終わりという訳にも行かない。同じものが延々続けば飽きてくるし、美味しければ再度その店に行く。不味ければ二度と行かない。思い切り美味しさを堪能したければ、食材の良し悪しにこだわる。料理人の腕は、根性論では越せない壁があり、技術を常に磨く者が喜ばれる。同じように見える料理でも、隠し味やら細かな部分で歴然とした差があって、それを認知できる客層も実は大きい。頑張っていることは伝わっている。 また、父親が厨房に立つことは子供たちに良い影響を与える気がする。日頃父権がどうのこうのと話したとしても、料理の形になれば旨いものは旨く、不味いものは不味い。隠し様の無い状況で、親子が色々と話ができることの意義は大きい。イマイチだねと生意気な評価を下す息子に、じゃあ作ってみろと挑発し、翌日には息子がエプロンしてアクセクしている日もあった。どうだ旨いだろう、と誇らしげな娘の顔も覚えている。Webの開発現場が活き活きしていた頃に同じような台詞のやり取りをしたのを思い出す。そうやって、互いの技術を磨きあい、批判力や判断力を育ててきた。 そして最大の共通点。作ることよりも、嬉しそうに食べてもらえたときが一番嬉しいという感覚。作ることに如何に熱中しようと、その行為自体はやはり自己満足なのだと思う。全ては美味しく食べる瞬間のためであり、その瞬間に全てが報われる。どう努力したかとか、どんなテクニックを使ったかとか、どんなフライパンを使ったかなんて、最終的には関係ない。旨そうにガッツく息子や娘の姿に勝るものは無い。 自分の関わったWebサイトを嬉しそうに語ってくれたり、立ち寄りましたよと声をかけて貰える度に、舞い上がりそうになりながら、もっと良いモノを、と心に誓う。 以上。/mitsui ps. 家にも帰れない状況で、弁当暮らし。キャベツをきる気力も今は無いけれど、少し溜まってきているのが自覚できる。来週末にはいつもの倍のキャベツを切るかもしれない。